第8話「町長に呼ばれた」

 その日の朝、郵便が届いていたことから始まった。


「お兄ちゃん、せっかくいいタイミングだったのに何の郵便ですか?」


 いいタイミングというのは薄着で俺に抱きつこうとしたタイミングのことを言うらしい。微妙に透けている服を着ていたため俺が手紙を受け取りに玄関に行ったが、抱きつけなかったシャーリーは不満げだ。


『アポロ様へ』


「あ、俺宛だ」


 手紙を送ってくるような相手がいただろうか? 両親からの手紙はろくに来ないが、弾に来ると分厚い封書になっているので、明らかにそれとは違う。何より親からの手紙ならシャーリーへの分もあるはずだ。それが無いということは俺への用事ということだ。


「封蝋までされてますね……結構なことで」


 蝋印を押してあり、差出人は町長となっている。俺は少し考えて封を開けて内容を読んでみた。


 内容としては『井戸を作るスキルで町の共有井戸を建て直してくれと言うことだった。


「お兄ちゃん、私にも読ませてください!」


 それをもぎ取って読んだシャーリーは手紙を二つに破ってゴミ箱に捨てた。


「一応町長直々の手紙なんだからさあ……もうちょっと真面目に読んであげても……」


「ダメです! アレはお金を払った人だけが使えるものです! 誰でも使える共有井戸に使うなんてあり得ません!」


 シャーリーはあまり心が広くないようだ。しかし確かに一軒金貨十枚も取っているのだからそれを独占する権利くらいあるだろう。昨日の今日で誰でも使えるようになったら損をした気分になるだろう。


「でも共有井戸を作り替えるだけなら庭に井戸がある人と差別化はできるんじゃないか?」


 しかしシャーリーは納得しないようで断言をする。


「ダメですよ、お金は大切なものなのです! 私たちに支払ってくれた皆様に失礼のないようにこの手紙は黙殺するべきです!」


 過激派だなあ……とはいえ町で生活していく以上無視も出来ないな。


「ちょっと町長のところに行って断ってくる」


「なら私も行きます! お兄ちゃんは流されやすいですからね!」


 シャーリーは俺を信頼していないのか、自分も同行すると言って聞かない。商売にしたのがシャーリーなので俺だけで受けたり断ったりするのも不適切かもしれない。シャーリーのやつ、交渉術はしっかりあるからな。


「では着替えてきますね! 町長に一泡吹かせてやりましょう!」


「いや……普通にお断りするだけなんだが……」


 一々物騒な奴だな、井戸の制作を断るくらいで一々けんか腰になる必要は無いだろう。


 そしてバタバタと部屋に戻ったかと思うと急いで着替えて出てきた。きちんと体のラインが隠れる服を着ているのだが、いつもそのくらいの慎みを持てないのだろうか。


「さあ行きますよ! 町長のヴォルテールに目にもの見せてやりましょう!」


「町長は最近目が悪くなってきたらしいけどな」


「お兄ちゃん……ものの例えというものを知らないんですか?」

 シャーリーが俺の皮肉に正論で返す。そもそも老い先短い老人に負担をかけてやるのはやめてやれよとは思う。


 そして二人で家を出て、町長の家へと向かう。俺たちへの視線は大して無かったのだが、なんだかばつの悪い思いをしながら町で一番大きな町長の家に歩いて行った。


「お兄ちゃんはスキルを使って稼ごうと思わないんですか?」


「稼げるけどさ、頼み込まれると断りづらいっていうかさ」


「お兄ちゃんは甘いですね、砂糖よりもずっと甘いですよ」


 辛辣な妹にかける言葉もない。現在両親からの仕送りで生活に困っていないのだから必要以上に稼ぐ必要があるのかは不明だ。俺はそこまで金にこだわらなくてもいいと思っている。


「いいですかお兄ちゃん? 剣聖のスキルをもらった人が戦ってお金を稼ぐのは普通でしょう? だったら『町作り』を持っているなら町作りで稼ぐのは当然じゃないですか?」


「このよく分からないスキルに頼るのか? 世の中には不本意なスキルをもらってスキルに頼らず生きている人も多いぞ」


「お兄ちゃんは『持ってる』者なんですから堂々としていればいいんです! 私の自慢のお兄ちゃんですよ!」


 そんなやりとりをしているうちにヴォルテール町長の家に着いた。結構な老人だが舌が回ると評判なので交渉相手としては面倒な相手になる。


「もしもーし! お兄ちゃんに失礼な手紙を送ったのはあなたですよねー?」


 のっけからけんか腰のシャーリー。ギィと思い音を立ててドアが開いた。そこには杖をついた老人が深淵のように黒い瞳でこちらを見て立っていた。


「ヴォルテールさん、お手紙をもらって申し訳ないのですが俺は共有井戸を作るつもりは……」


「かーっ! 今時の若いもんはなっとらん! ワシが若いころは目上の者には常に頭を下げとったもんじゃ」


 この爺さん、口が悪いな……手紙だと穏当な表現をしていたが、面を合わせて会話をするのはマズかったかもしれない。


「おじいさん、スキルでお金を稼ぐのは自由のはずですよ? 私のお兄ちゃんがレアスキルをもらったからってたかるのはやめていただけませんか?」


 ド直球の言葉をぶつけるシャーリー。俺はヒヤヒヤしながらそれを眺めていた。


「これじゃからスキルに頼り切ったものはいかん! ワシの若いころは魔物を追い払うのに戦闘スキルを持ってオラン奴もおったぞ」


「時代遅れなんですよ、スキルがあるんだから活用した方が良いでしょう。あと、あなたが町長なのは最年長だからであって功績をあまり聞いたことが無いのですが、私の耳が悪いだけなんですかね?」


 町長は痛いところを突かれたのか顔を真っ赤にしているものの、反論も思いつかないのか唇をわなわなと震えさせている。コレは勝負あったというところだろうか。


「町の皆が感謝するようなことじゃぞ! 町に貢献しようという気は無いのか!」


「それはまずお金ありきですね、無料で水が手に入るなんて思わないで欲しいです。その裏には誰かの苦労が隠されているんですよ?」


「スキルを使うのが苦労じゃと! 使うだけで作れるものをケチケチするでないわ!」


「お金を払って頼み込んでくれた方がいるんですよ! 無料にしたらお金を払ってくれた人に失礼でしょうが!」


 議論は泥沼の様相を呈してきた。俺はどうしたものだろう? シャーリーに肩入れするべきなのだろうが、町の人に感謝されたいというのも事実だ。


「大体あなたは老い先短いから町長として功績が欲しいだけでしょう?」


「な……そんなことはない! 町の人のことを考えておる!」


「ほーん……」


 その言葉を聞いてシャーリーは一枚の破れた紙を取りだした。朝届いた手紙の切れ端のようだ。


「『ヴォルテール記念井戸』、コレのどこが町の人のためなんですかねぇ?」


 隅々まで読んでいなかったから気がつかなかったのだがそんな名前にしようとしていたのか。この町長、調子に乗っているようだ。


「そ……それは……」


「お兄ちゃん! はっきり一言断ってあげなさい!」


「え、そうですね……名前を『町立共有井戸』にして誰のものでもないことを明記するなら協力しても構いませんが……」


「ならん! ワシの功績が微塵も感じられんな前じゃろうが! ワシの名前を冠するものでないといかん!」


 案外強欲な爺さんだった。さすがに俺のスキルを使って作る上、無料だというのに功績を全て町長のものにされてはかなわない。


「もうしわけないですがお断りします」


 俺はきっぱりそう言った。俺の名誉でなくても構わないが町長の名誉になるのははっきり言って気に入らない。


「まったく、けしからん連中だ……」


 ブツブツ言いながら町長は引っ込んでいった。俺たちに強制するのは無理だと判断したのだろう、いや、あるいはシャーリーの毒舌にキレて逃げただけかもしれないな。


「帰るか」


「ですね」


 こうして俺たちは町長の元を去った。自分の名を残す事業がしたいなら自分で頑張って欲しいものだ。


 この日、誰とでもわかり合うことは無理なのだなと理解する事が出来た。


 そして夜、風呂に入っているときに当たり前のように一緒に入ろうとしてきたシャーリーを追い出したときに風呂のお湯が減ってしまった。そこで給湯器から足し湯をしたときに天啓が来た。


『給湯器の使用により『鉄筋コンクリート』の建物が作れるようになりました』


 鉄筋コンクリートというものがなんなのかははっきりとは分からなかったが、新しい建築物が作れるようになったことだけは理解出来たのだった。

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