第7話「小屋の販売」

 静かな目覚め、今日は妹が乗り込んでこなかったので、どこか物足りないような気さえする。


 キッチンに向かうとしっかり服を着たシャーリーが朝食を作っていた。


「あ、起きてきましたか? ちょっと表を見てきてください、私が昨日書いた貼り紙を貼ってますよ」


「何か貼ったのか?」


「そこはまあ……見てきてください」


 そう言われ俺は玄関を出て家の前を見る。壁に貼り紙がしてあり、『防音、断熱倉庫、建てます。金貨二十枚』と書かれていた。二十枚になっているあたり調子に乗っていることが分かる。


 キッチンに帰るとシャーリーが朝食を盛り付けているところだった。今日はオレンジがパンについていた。今日は果物の日らしい。


「見てきた、値上げしてたな」


 シャーリーは心外そうな顔をした。


「お兄ちゃんいいですか? 価値あるモノには対価を支払う、当然のことでしょう? 井戸も価値が有りますが共有井戸という物があるので差別化出来ませんが、あの小屋はスキル無しに作れないものですよ、ならば多少お金を頂くのは当然でしょう?」


「アレにそんな価値が有るかなあ……?」


「あります! お兄ちゃんは自信を持ってください! 可愛い妹からのお願いです!」


 可愛いのは認めるがお願いではなく命令ではないだろうか。まああの小屋が謎の技術で作られているのは確かだし、推測通りに働くのなら画期的な倉庫になるのは確かだがな。


「お兄ちゃん、それより朝ご飯を食べましょう。お兄ちゃんががんばってくれないと私も困るんですからね?」


「はいはい、今日はオレンジか、美味いな」


「お兄ちゃんのおかげでご飯が美味しいですね!」


「今日は誰か注文入れてたっけ?」


 井戸の発注もお金持ちが立て続けに頼んできたが、この町にそれほど多くの金持ちはいない。つまりは共有井戸で我慢してしまう人がそれなりにいるということだ。


「値下げは考えてないのか?」


 シャーリーははぁ……とため息をついてから言う。


「昨日金貨十枚で買った物が翌日金貨一枚で売られていたら腹が立つでしょう? 値下げは急には出来ないんですよ」


 難しい物だ。考えていると口の中のオレンジに苦味まで感じてしまいそうになる。今はこのふかふかのパンと甘酸っぱい果物を存分に味わうとしよう。


 美味しいご飯というのはつい最近食べられるようになったものだ、コレを突然奪われたら泣くかもしれない。その程度には粗末な食事が多かった。


「注文、入ると思うか?」


 俺はなんとなくそんなことを訊いてみた。勝算がない値付けをしているわけではないだろう。無論シャーリーだってメシが不味くなるのは嫌なはずだ。


「初回お試しをするべきかって話ですか? 井戸で十分評判にはなってますし問題無いですよ」


 単純に高いのではないかという意味で言ったのだが、シャーリーとしては値下げをする気は一切無いらしい。金貨二十枚で安易に注文をする人がいるとも思えないのだが、自信満々なシャーリーに気圧され俺はパンをかじった。


 食事を終えると俺たちはのんびりと部屋で過ごした。幸い井戸の金だけで当面の資金にはなる。


 コンコン


 家のドアをノックする音が響いた。シャーリーは駆けだしていく。顧客だと確信しているようだった。


「いらっしゃいませ! お求めのものは何ですか? っておばさんじゃないですか」


 玄関に立っていたのはフィラーおばさん。この前井戸を作ってあげた人だ。井戸に何か問題でも起きたのだろうか?


 俺も気になったので玄関に向かいおばさんに問いかけた。


「井戸に何かありましたか?」


 フィラーおばさんは首を振って言った。


「ここに倉庫を建てるって書いてるじゃない? きっとそれも素晴らしいものなんでしょうと思ってお願いしようかと思ったのよ」


「そうですか! なかなか良いものなので是非建てることにしませんか?」


「そうね、どういったものなのか教えてくれるかしら?」


 シャーリーは簡単に小屋の特性を答えた。食べ物を長期保管可能なこと、防音がしっかりしていること、暑くも寒くもないということ、それらを説明して注文するかどうか訊いた。


「まあ! それは素敵ね! 是非お願いするわ!」


 こうして俺のスキルをまた使うことが決定したのだった。あの小屋には不明な要素が多いので安易に注文を受けていいのか怪しいものだが、少なくとも四五日で影響が出るほど柔な建物ではない。


「建てる場所の確保は大丈夫ですか?」


「小屋ってここの庭に立っているものでしょう? あのくらいの余裕は庭にあるわよ」


 なら試しにこの商売が成立するか試してみてもいいか。それほど酷いことにはならないだろう。あの不可思議な力に守られた小屋がどの程度の性能を持っているのか限界というものを知りたいからな。


「今、時間が大丈夫ならウチに来て欲しいのだけれど構わないかしら?」


「構いません! 今日は予定が入っていませんからね!」


「あら、だったらちょうどよかったわね」


「お兄ちゃん、いきましょう!」


 元気よく俺の手を引くシャーリー。その柔らかな感触が心地よかった。


 その手に引かれるがままにフィラーおばさんの家に来てしまった。庭に招き入れられ小屋を建てる場所を一緒に考えてくれと言われた。


 壊すのも作るのも自由なのだから場所にこだわる理由はあまり無いような気がするのだが、そこは本人のこだわりというものがあるのだろう。破棄と再生成が簡単である事はそういえば伝えていなかったな。シャーリーの奴、移動や再生成にも金を取りたいのだろうか?


「アポロくんも良いスキルをもらってよかったねえ、あたしゃ『鉄壁』なんてスキルをもらってねえ……戦いに役立つそうだけどそんなの痛そうじゃない、それで私はただのおばさんになったのよ」


 おばさんは饒舌に身の上話をしてくれた。戦闘スキルをもらったんだから戦えというのは放漫な意見なのだろうか? 神の意志が戦えというのだから戦うのが正しいのではないだろうか。


 そこまで考えてふと気がついたが、じゃあ『町作り』なんてスキルをもらった俺は何をするべきなのだろうな、町を作れというのが神の意志なのだろうか? 随分と勝手な話もあったものだ。


「じゃあここに建ててもらおうかねえ……」


 おばさんは庭の隅まで俺たちを連れて行き、角になっている空き地を指さした。倉庫を建てるにはおあつらえ向きの範囲が用意されていた。


『小屋を作成します』


 地面から木造家屋が生えてくる様は何度見ても非常識だ。あっという間に地面から生えてきた小屋が建ち、機能をするようになる。時々コレは俺の妄想なのでは無いだろうかと思うほどの異様なスキルだ。


「早いねえ……中は……こりゃすごい!」


「そうでしょう! お兄ちゃん謹製ですからね!」


 自分のことのように自慢気なシャーリーだが、このわけの分からないスキルの使い道を作ってくれたのだから、多少の自慢はしてもいいのではないかと思えた。


 おばさんは倉庫として使う小屋の中に入って色々と確認をしている。建物を建てたのだから強度などが気になるのは当然だろう。


「ありがとねえ……大事に使わせてもらうよ」


 おばさんはそう言ってシャーリーに金貨の入っているであろう袋を渡した。すぐにシャーリーはそれを開け、中身の金貨を数えてから金貨と同じようなブロンドの髪をはためかせて言った。


「ご利用、ありがとうございます!」

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