第6話「井戸と小屋の販売」
「お兄ちゃん! 物置の様子を見に行きますよ!」
相変わらず自分のペースを崩さない妹が朝から俺の部屋に乗り込んできて、俺はたたき起こされた。まずその透けている服を着替えてから起こしに来ようという常識的な判断は出来なかったようだ。
「分かったよ……分かったから俺の上から降りろ」
ベッドに寝ている俺の上に乗ってゆっさゆっさと揺さぶって起こされた。もう少し穏当な方法は思いつかなかったのだろうか。
ゆっくり俺の上から降りたのでベッドから起き上がる。
「もう少し時間をかけてもいいんじゃないか?」
「お兄ちゃんはもう少し事を急いでください。とはいえとりあえず朝食にしましょうか、キッチンに来てくださいね」
俺は妹が着替える時間も考慮に入れて、時間をかけてからキッチンに行った。パンとゆで卵が朝ご飯だった。
「どうですお兄ちゃん! 今日は卵ですよ?」
「金かけてんな……ついこの間までパンだけだったとは思えないな」
「お兄ちゃんのおかげですよ、感謝しています!」
「それはどうも……」
卵は贅沢品だった、日常的に食べられるようなものではないというのにシャーリーは平然と用意している。
「美味いな……」
「愛情のなせる技ですよ」
そう断言する妹に対して、それは愛情ではなく依存ではないかと思った。それはともかく食生活のレベルが上がったことは嬉しかった。
ウチの井戸の水も少なくとも共有井戸の水よりは美味しいので、朝食はそこそこ満足のいくものとなった。
「さて、小屋の方の検証もしないといけませんね」
「なあ、アレに本当に需要があるのか? 正直ただの小屋としか思えないんだが……」
「そんなことはないですよ。腐らず食品を貯蔵出来るなんて画期的じゃないですか」
腐らない保証はないんだがなあ……まあ三日もパンを常温で保存しておいて、まったく劣化していなければそれも多少は信用出来るか。
「じゃあ行きましょうか! 美味しいパンがまだ劣化していなければ信じられるでしょう?」
「そうだな、何事も実験だ」
小屋に向かい、その戸を開けると、内部から心地よいひんやりとした空気が流れてきた。どうやらこの小屋は常に人間が過ごしよい空間になっているらしい。
「どうです! このふかふかのパンを見てください! ここでは物が腐らないんですよ」
そう言って差し出すパンは焼きたてのように柔らかかった。
「そして! この小屋ですが……ちょっとお兄ちゃん外に出て戸を閉めて頂けますか?」
「え? ああ、分かった」
言われたとおり小屋を出て戸を閉める。僅かな物音もせず静かな時間が流れたと思ったら戸をバンと開けてシャーリーが出てきた。
「今、お兄ちゃんへの愛を思う存分叫んだんですけど少しでも聞こえましたか?」
「え? 何か言ってたか? 小屋からはまったく音がしなかったが……」
「ふっ、やはり予想通りですね! この小屋には遮音性があります! それもとんでもない性能ですよ!」
「ところで何を言ったんだ? まったく聞こえなかったが」
「お兄ちゃんに聞かれていたら責任を取って貰わなければならないようなこと、で察してください」
「なんて言ったかは訊かないでおく……」
ニヤニヤするシャーリーになんとなく居心地の悪さを感じながら、この小屋があり得ない事の起きる建物であることははっきりした。シャーリーの奴、この中で何を叫んだのだろうな……
気になったが怖くて聞けないことはさておき、この小屋も商売の種になりそうだな。町作りとか言うよく分からないスキルだが、どうやら建築物を自由に作れるスキルのような気がする。しかも作っていって進化すれば作れるものが増えていくわけだ。意外と便利なスキルなのではないか?
「ではお兄ちゃん、この小屋を食料貯蔵庫として売り出しますよ!」
「建てるのは俺なんだが……商売っ気があるのは明らかにお前の方だよな」
「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだからそのくらいの関わりは持たせてくださいな」
「別に構わないけどさ……」
「今日の井戸は一件ですから、そこを作ったら新しく小屋のサービスを貼り出しますよ!」
勢い込んでシャーリーは今日の井戸制作依頼者、クオンさんの家へ向かった。
「君たちがスキルで井戸を作ってくれるんだね?」
「はい、飲み水を確保出来ますよ」
「しかも煮沸不要ですしね!」
クオンさんは金持ちだが訝しげな目で俺たちを見ている。金貨十枚を渋るほど金が無いわけではないのだろうが、騙されるのは嫌いなのだろう、人を信用していない雰囲気を感じる。
「では……そうだな、ここから見える花畑の隣に作って頂けるかな?」
「分かりました!」
シャーリーは即答して俺を引っ張る。花畑の隣って……水やりにでも使う気か? 飲める水を花壇に撒くとは随分と贅沢だな……
『井戸を制作します』
ゴゴゴ
スキルを発動するとあっという間に井戸が出来上がった。クオンさんはそれを驚嘆した様子で眺めていた。
「驚いたな……本当に出来るのか」
「お兄ちゃんを信用してませんでしたね? まったく、信用して欲しいものです」
「この水、飲んでも大丈夫か?」
「ええ、どうぞ」
俺が促すと水を汲んで手で掬い口に含んだ。途端に俺の手を取ってまくしたてた。
「これは素晴らしいスキルだよ! 金貨ならもう十枚払うから一カ所追加で作ってくれないか?」
「別に構いませんが」
「料金はきっちり払ってくださいね?」
「それはもちろんだとも!」
舌なめずりをして嬉しそうにしているシャーリーを見ると、コイツがスキルを授かるとしたら商人系ではないだろうかと思えてくる。商魂たくましいという言葉はコイツのためにあるのではないか。
「それでは庭の裏口前に井戸を作ってくれ」
そう言って案内された先はそこそこ立派なドアが設置されていた。裏口と言っても結構な物になっていた。
「この辺でいいですか?」
「ああ、もう少し右に……そう、そこに頼む」
『井戸を制作します』
ゴゴゴ
あっという間に井戸が出来る。建物へ水の持ち込みが安易になるだろうな。
クオンさんは満足げに水で満たされた井戸を見て俺たちに金貨を二十枚も払った。金って持ってる人はもっているもんなんだな……
「ありがとう、またお願いするかもしれないからよろしく」
「何個井戸を作る気ですか……」
こうして俺たちは豪邸を出て、帰途についた。
「ふー……疲れましたね、帰ったらお風呂に入りましょう」
そこで昨日のできごとを思い出した。
「そういえば俺、給湯器が作れるようになったんだった」
その言葉にシャーリーは勢いよく食いついた。
「お兄ちゃん! そういうことは早めに言ってください! そんなものがあればお風呂を沸かす手間も紅茶を淹れるのにお湯を沸かす必要も無いじゃないですか!」
「悪かったよ……昨日急に使えるようになったから伝え忘れてたんだ」
「じゃあ早速帰宅してお風呂で試しましょう!」
俺の手を引いてシャーリーは走って帰宅した。よほど嬉しかったのか全力疾走だ。
家に着くなりお風呂のドアをバンと開けて俺に言う。
「この辺に給湯器をつけてもらえますか?」
「言っとくが初めて作るから思うような物が出来るか分からないぞ……」
『給湯器を作成します』
ニョキ
お風呂の壁からつつが一本伸びた、隣に棒に輪っかが付いたものも生えてきた。
「コレを回すのかな?」
俺が輪っかを回すとドバドバとつつからお湯があふれてきた。お風呂にほどよい温度になっている。
「おおおお兄ちゃん!?!? コレはすごいですよ! お風呂に入り放題です! 一緒に入りますか?」
「一緒には入らないがすごい物が出来るな……コレも売り物にするのか?」
「いえ、コレは我が家の秘伝の品にしておきましょう。人にあげるにはもったいない物です」
どうやら独り占めする気らしい。家具の類いも作れるようになりそうな気さえした。
「じゃあお兄ちゃん! 私はお先にお風呂に入るので気が向いたら一緒に入ってきていいですよ!」
「お前が出たら俺も入ることにするよ、キッチンにも給湯器を作っておきたい」
「そうですか……じゃあ一人寂しく入るとしましょう……ああお兄ちゃんのぬくもりが懐かしい」
「そのぬくもりは本当にあった記憶か?」
俺の言葉を無視してシャーリーはお風呂に向かって急いで行った。俺はキッチンに行き、洗い台の上に給湯器をつけることにした。
『給湯器を作ります』
ニョキッと筒が生えて、おそらく弁の役割をしているのだろう、輪っかも出てきた。試しにひねってみると湯気の立つお湯が出た。
俺は少し触ってみる。
「熱っ!」
キッチンではしっかり一番使う熱湯がでるあたり融通の利くスキルだなと感心した。
「お兄ちゃん、お風呂空きましたよー……おっ、ここにも給湯器を作ったんですね」
「ああ、熱湯が出るから気をつけろよ?」
「了解です! コレは生活のレベルが一気に上がりますねえ……優越感を覚えます!」
愉快そうなシャーリーにかける言葉と言えば……
「とりあえずちゃんと寝間着を着てこい。タオルを巻いただけで出てくるのはお行儀が悪いぞ」
そう言って渋々着替えに行くシャーリーを見送って、生活レベルの向上とこのスキルのデタラメさ加減に神の不条理を感じるのだった。
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