第5話「小屋の使い方を考える」

「お兄ちゃん!」


 シャーリーが俺のベッドにダイブしてきた。スキルを得てからスキンシップが増えているような気がするのだが、朝起こすときくらい腹痛を起こすほどのアグレッシブな起こし方はやめて欲しい。


「シャーリー、痛い」


「おっと、これは失礼……お兄ちゃん、このまま一緒に寝ます?」


 ニコッとそう言うシャーリーだが、今日の予定を知らないわけでもないだろう。


「ほらほら、井戸を作ってから小屋の活用法を考えるんだろ、ベッドからどけ。あと……ここら辺はそこまで熱くないだろ? もう少し厚い服を着て寝ろ」


 シャーリーは透けるんじゃないかというギリギリの薄さをした寝間着を着ていた。兄妹しか住んでいないと言ってもきわどい服装はどうかと思うぞ。


「はいはい、着替えてきますからお兄ちゃんも朝ご飯食べに来てくださいよ」


 そう言ってシャーリーは出て行った。柔らかかったなと思ったのは秘密だ。


 さて、魔導師らしくロッドでも持った方が『らしい』のだろうか? いや、スキルを誰もが持っている以上そんな小細工は不要だな。


 キッチンに向かうとパンが一つとなんと焼いた肉が置いてあった。


「シャーリー……なんだか朝ご飯が豪華なんだが……」


 シャーリーは呆れるような顔で答えた。


「お兄ちゃん、自分がいくら稼いだか忘れちゃったんですか? 金貨が十枚以上あるのに数枚のお肉をケチる理由がどこにあるんですか?」


 まともな格好に着替えた妹はそう答えた。確かに井戸を作って稼いだのでその位の金はあるか……


「お兄ちゃん、あ~ん」


「なんだよ?」


「いいから口を開ける」


「なんだ……もぐっ!?」


 口にベーコンを突っ込まれた。ほどよく焼かれていて非常に美味しい。


「久しぶりに贅沢をしたような気がする」


「仕送りだけで生きてましたからねぇ……」


 そう、両親が出稼ぎに行きその仕送りだけで暮らしていた。それがスキルを貰うというたった一日のできごとでまるで変わってしまった。それは心地よい変化だが、シャーリーが距離を突然詰めてきた事へは困惑してしまう。


「今日の井戸は何件だ?」


「三件ですね、やはり値付け的に早々気軽には頼めないのでしょうね」


「なあ、シャーリー……」


 俺は元から疑問に思っていたことを訊ねる。


「俺たちの商売ってアコギだと思うか?」


 値付けをした妹はキョトンとした顔をしている。


「まさか! 私の公明正大な値付けに文句を言われる覚えはありませんよ。そもそも私たちが節約して暮らしていたときに町の人たちが施してくれましたか?」


「それは……」


 確かに施しなど無かった。だからといって高値をつける理由になるのだろうか?


「お兄ちゃんは甘いですよ。私はお兄ちゃん以外に厳しくするようにしてるんです」


 シャーリーはどこまでも辛辣だった。しかしこの金額でも注文をしてくれる人がいるのだから、高すぎるわけでもないのだろう。


「ふぅ……朝ご飯をお腹いっぱい食べられるというのはいいことですね」


「そういえばパンも少し大きくなってるか?」


「お兄ちゃん、いいところに気づきましたね! 私が奮発して柔らかくて甘いパンを買ってきていたのです!」


「なるほど、確かに美味しいな」


 パンの方も変わっていたのか。本当に生活レベルが変わるな。これに慣れると申し訳ないが多少は高い金額を取らせて頂きたくなってしまう。


 俺が食べ終わるとシャーリーは俺の手を引いた。


「では一軒目に行きましょうか!」


「そうだな……うん」


 一軒目、二件目、三件目とリクエスト通りに井戸を作った。こちらは慣れている作業だったのでつつがなく終わった。問題はその後行う新しく作れるようになった小屋の活用法だ。


 俺たちは庭の隅に建てた小屋を前にあれやこれやと言っていた。元々庭の真ん中に作成したのだが、スキルできちんと破棄もできたので一旦壊して邪魔にならないところへ作り直した。


「コレ、なんに使えるだろうな?」


「ご休憩部屋とか……?」


「この狭い部屋でか?」


「狭くても別に……お兄ちゃんは分かってませんね」


 何故かシャーリーに呆れられてしまった。なんだよ、こんなまともに寝転べないような小屋で休憩も何も無いだろう?


「普通に物置くらいには使えそうだな」


「そうですね、無難に使うならそのへんですね。面白みには欠けますが……」


「商売に面白みを求めるなよ……」


 面白いからなんて理由で好き放題されたら堪ったもんではない。


「ちなみにお兄ちゃん、ここに昨日から置いておいたパンがあるのですが……」


 シャーリーはパンを二つにちぎって片方を俺に渡した。


「食べてみてください、ここは保管庫として有能かもしれませんよ?」


 渡されたパンを食べてみる。固くなっていることもなく、ふんわり柔らかで焼きたてのようなパンになっていた。


「これ、今朝置いたんじゃないよな?」


「ええ、確かに昨日置いておいた物です。これは私の推測ですが……」


 あくまで推測だと念を置いて妹は仮説を話し出した。


「この空間では物が腐らず傷まず劣化せず保存できるのではないでしょうか?」


「まさか! そんなふざけた物が……」


「ではこのパンをどう説明します? どんなに質のよいパンでも一日おけばしなびて固くなりますよ? コレはまるで焼きたてではないですか?」


「それは……」


 どうなってるんだ? このスキルはそんな馬鹿げた効果があるのか!? ふざけているにもほどがある理論だが……このパンを昨日置いたというのがシャーリーの嘘ではない場合その仮説は信憑性を帯びる。


「ちなみにもう一個置いているので明日また食べてみましょう。多分傷んでないはずです」


「言い切るな……」


「お兄ちゃんのスキルですから」


 平気でそんなことを断言するシャーリー。俺には何故そこまで俺に信頼を置けるのか分からなかった。


「お兄ちゃん、時間も時間ですし今日はお風呂に入って寝ますよ! 答えは明日出ます!」


「ああ、俺はもう少し観察しているから先に行っておいてくれ」


「お兄ちゃんは一緒に入らないんですか?」


 純粋な目を向けてそう尋ねてくる。妹だからってさすがに……


「よくないだろ、そういうの」


「お兄ちゃん、神様はきっと誰を好きになるかで差別したりしませんよ」


「自分に都合よく自分の教えを解釈する人間には厳しいって教会で聞いたぞ」


「ちっ……じゃあお兄ちゃんは私の残り湯で温まってくださいね!」


 そう捨て台詞を残して小屋を出て行った。まったく、兄をからかうもんじゃないぞ。


 俺はこの謎の小屋がどこまでの力を持っているのか考えるのが無性に怖くなった。故人の手には余るような力なのではないだろうか? そんな考えが頭から離れなかった。


 家に入るとお風呂から出たのだろう、寝間着を着たシャーリーが待っていた。何故コイツの部屋着は薄い物ばかりなんだ……何とは言わないが見えそうだぞ……兄として見えたからなんだということも無いのだがな……


 モヤモヤしたままお風呂に入ることになった。その時、天啓が響いた。


『給湯装置を制作可能になりました』


 なんで風呂に入っている最中にそんなことを通知するんだ……もっと早くしてくれればよかったのに……


 俺は神に恨み言をいわずにはいられなかった。

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