第4話「井戸がブームになった」

「ウチにも井戸を作ってくれんかの……?」


 井戸のサービスは老人の方々に大人気だった。共用井戸まで汲みに行く必要が無くなることがよほどありがたいらしい。


「ウチにも頼むよ……」


「ワシの家にも作ってくれ!」


 その声に一つ一つ対応して、シャーリーはホクホク顔で報酬を受け取っていた。俺たち兄妹二人で暮らすには当面のところ十分すぎる金額だ。なお、依頼を受けるときに俺の自慢は欠かさずにしていた、恥ずかしいのでそれは控えて欲しい。


「ここに……」


「この辺がいいわねえ」


「ここに頼む」


 俺は突然井戸職人にでもなったような気分だった。新しく作れるようになったものも試してみたいところだが、今は目先の収入が大事だ。


 ゴゴゴ……ゴゴゴ……ゴゴゴ……


 三つも井戸を作ったために金貨三十枚という、そこそこの期間、生活出来るだけの金額が俺たちの手に残った。元手はスキルなのでタダだ。


 井戸を作って金を貰い、安心出来る我が家へと帰ってきて機嫌の良さそうなシャーリーを見る。


「案外儲かるもんだな……」


「そうですよ! お兄ちゃんはもっとスキルに自信を持っていいですよ! ただまあ……井戸って一度作ったらそれっきりですからね、生業にするには物足りませんね。お兄ちゃんに一生養ってもらいたい私としては物足りませんね」


「そりゃ井戸作りで一生暮らしていこうなんて思ってないよ、それと自然に俺と一生暮らす宣言をするのはやめろよ……」


 妹の面倒を一生見ろというのか……


 その部分はともかく前半について、シャーリーもゆっくり頷く。さすがにそこまで世の中を舐めきっていたわけではないようだ。価値観がぶっ壊れているわけでもないようなので構わないか。正直この妹なら『井戸を作って静かに暮らしましょう!』とか言い出すんじゃないかとさえ思ってた。


「ちなみにお兄ちゃんは何が作れるようになったんですか?」


「鋭いな……『小型の建物』だそうだ」


「試してみましょう!」


「試すって……」


「庭に建てられるものがあるかもしれないじゃないですか!」


「お、おぅ……」


 そんなわけで俺たちは家の庭に出た。何が作れるのだろうな……


『小型建築物を制作します』


 地面から木造の小屋が生えてきた。大きさとしては小型の物置程度だろうか、使い道があるかどうかは分からない。


「普通の小屋ですね……中の方は……普通ですね」


「まあそう都合よく便利なものばかり作れるわけでもないだろ」


 そう都合良くはいかない。残念だがスキルなどそんなものだ。


「そぉい!」


 そんなことを考えているとシャーリーが拾った大きめの石を建物にぶん投げていた。


「何やってんの!?」


 そう尋ねるがシャーリーは興奮気味に言う。


「すごいですよこれ! 石をぶん投げたのに傷一つついてません! 木造でこの薄さの板なのに固すぎでしょう!」


 たった今シャーリーが石をぶつけたところを見てみるが、確かに傷一つついていなかった。この程度の小屋でどうしろというのかということでもあるが。


「中は……普通……あれ? 妙に涼しいですね」


「え? 涼しい?」


 俺は小屋の戸を開けて中に入ってみると確かに直射日光を浴びているはずなのに涼しかった。断熱材が入っている様子はないのだが、何故か人間が過ごしやすい温度に調整されているようだ。スキル特有の謎技術だろうか?


「涼しい……防音……見えない……これはアレをするために出来ているのでは……」


「なんか不穏なこと考えているだろ?」


「失礼な! 人間の生理的欲求について考察を巡らせていただけですよ!」


 何について考えていたのかは訊かないでおこう。


「それはともかく、これはお酒とか食料品の保存に向いていそうですね」


「物置か?」


「サイズ的にもそうでしょう。これは保管庫として有能ですよ! 他の使い方も思いつきますが……」


「そのエロいことを覚えたての子供みたいな発想は置いておいて、収納魔法の下位互換にしか思えないが……」


 そう、スキルの収納魔法を持っていればなんでも理想的な環境で保存することが出来る。であればこんな物置が必要ではないと思うのだが……


「お兄ちゃん、大丈夫ですか? 収納魔法のスキルを付与してもらえる人なんてどれだけいると思ってるんですか? これならただ敷地に建てるだけであっという間に簡易な保存庫になるんですよ? 需要が無いわけないじゃないですか!」


 収納魔法がそんなに珍しいのか。俺が読んでいた英雄譚では当たり前のように一行に一人は収納魔法を持っている奴がいるのでそこまで珍しいとは思わなかった。


 しかしよく考えてみると町の中で収納魔法持ちに出会うことは滅多にないな。時々旅人がそのスキルを持っていると、人が話しかけに言っていたな。


「とりあえずの商売は井戸を作るとして、この小屋をどう扱うかは考えておきましょう」


「井戸はやめないんだな……」


 シャーリーは当然と言った感じで頷く。


「もうしばらくは稼げそうですからね! お兄ちゃんを自慢出来ますし!」


 後半が本音じゃ無いだろうか? 俺はそんな立派な人間ではない。


 そして断言して商売の続行をすることになった。


 その日も俺の部屋に来たのだが『お兄ちゃん! 私と寝てください!』とついに言い訳すら捨てたド直球で来られたのでバタンとドアを閉めておいた。なんであんな薄着なんだよ……


 翌日――


「井戸を作ってくださーい!」


「ウチにも井戸を!」


「井戸お願いします!」


 井戸は大盛況だった。制作するのはスキルで自動なので考える要素はほとんど無い。シャーリーは俺のスキルに頼ってほくほくしている。兄として妹を養うのは当然だからな。


「お兄ちゃん! 井戸を作りに行きますよ! 始めに街角のウィルさん宅からです!」


 やれやれ……人使いの荒いことだな……まあいい、スキルを発動させるだけだ。俺は小屋の使い道を考えながら井戸を作るために依頼主の家を回っていった。

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