第3話「井戸の需要があった」
「じゃあウチのここら辺に井戸を作ってくれるかい?」
「任せてください! お兄ちゃんのマーベラスなスキルであっという間に作っちゃいますよ!」
やるのは俺なのにシャーリーが妙に気を張っている。スキルを使うだけなのに妙に話が大きくなってしまった。
「ではお兄ちゃん! どうぞ!」
「分かったよ」
自慢気にしていたがやはり実行するのは俺であり、俺のことを自分のことのように自慢するシャーリーの気持ちが分からんな。
『井戸を作成します』
ゴゴゴと地面に浅い穴が開いて囲いの壁に棒付きバケツが創造されていった。魔法のようなものだが、それにしてもこんなピンポイントの魔法があるとも思えない。
「はえー……便利なスキルだねえ……」
物珍しそうに見ているおばさんを他所に井戸はあっという間に完成した。スキルって便利だな。井戸を作るのが有用かどうかは別としてだ。
「コレで完成かい?」
「ええ、中を見てください」
「こんなに簡単に井戸が掘れるのかねえ……どれどれ……この浅さで水が溜まってるじゃないか!」
「どうです? お兄ちゃんのスキルは便利でしょう? 私のお兄ちゃんですから実力は保証しますよ!」
何の保証にもなっていない保証をするシャーリー。おばさんはしかしそれに対そう感銘を受けている様子だった。
「そうだね。私みたいなおばさんにはありがたいスキルだねえ……私にもシャーリーちゃんみたいに兄がいれば良かったよ」
いや、謎の水とか飲む気になるのか? 明らかに存在しているのがおかしい水だぞ?
「どれどれ、汲んでみるかね……」
おばさんがバケツに付いた棒を掴んで水を一杯すくった。このくらいなら非力な人でも簡単に汲めるようだ。
「見た目は普通の水だね……それで十分ありがたいんだけどね」
そう言っておばさんはバケツから直接水を飲んだ。行儀が悪いとは思うが、無から作ったものなので汚いも何もないだろうから、それを咎める必要も無いだろう。
「美味いじゃないか! コレで金貨一枚って安すぎないかい?」
「いえいえ、私もそれだけで済ませるつもりはありませんよ……この井戸の噂を流してもらえますか?」
おばさんは困惑顔になった、そりゃそうだろう、噂なんて言われても分からん。
「噂ってなんだい?」
「この井戸がいかに早く作れてそこから出る水が美味しいことをそれとなく噂に流して欲しいんですよ、よろしければ試飲を希望する方には水を飲ませて頂けると助かります」
「それだけでいいのかい? ありがたい話だねえ……」
「ではお代の金貨を」
「ああ、金貨一枚であの重労働から解放されるかと思うと安すぎるくらいさね」
ちゃっかり金貨を貰うシャーリー。お願いはお願いとして代金はしっかり貰っている。俺が貰っているわけではないのは、この商売を考えたのが俺ではないのだからしょうがないか。
「じゃあお兄ちゃん! 帰りますよ!」
「え、もういいのか?」
「『種』は撒きました。あとは収穫するだけです」
含みのある言葉をシャーリーが残して俺たちは家へと帰った。家に帰ると即座に露出の多い服に着替える妹をなんとかしたいのだがいい方法は無いだろうか? 現在もいろいろなものが揺れていて目のやり場に困る。
「なあ、アレだけで本当に井戸が商売になるのか?」
「なりますよ、家の表を見てきたらどうです?」
「ん?」
俺は立ち上がって家のドアを開けた。貼り紙が一枚してあり、『井戸作ります! 金貨十枚!』と書いた紙が貼られていた。
俺は部屋に戻って席についてシャーリーに訊ねる。
「なあ、得体の知れない井戸に金貨十枚は取りすぎじゃないか? 払う人いないだろ」
「いいえ売れます! 必ずね! 私のお兄ちゃんを見る目は、他の誰より確かですからね!」
自信満々の妹に俺は気圧されてすごすご部屋に帰って寝る羽目になった。夢で井戸を掘らされていたのでそれなりに気になっているらしいな。
夜分、シャーリーが寂しいので一緒に寝ませんかと、いつも通り言ってきたので『兄にその格好でその頼みを出来る神経の太さがあれば大抵のことは平気だろ』と言って追い返しておいた。頼むから薄着でそういうことを言い出すのはやめて欲しい。
翌日朝、目が覚めると朝食を食べようと向かったキッチンに誰だか知らない老人が一人、シャーリーにコーヒーを淹れて貰っていた。
「ほうほう、コレがスキルで掘った井戸水で淹れたコーヒーですかな?」
「そうですよ! 美味しいでしょう!」
話が弾んでいる様子だった。何気に俺が作った井戸を活用している様子だ。
「なあシャーリー、この人は……」
「お兄ちゃん! 井戸を掘って欲しいそうですよ! 初めてのお客さんですね!」
「そうですか」
金貨十枚も払って井戸を作るとか割に合わないだろう。少なくともこの町には公共の井戸があるのだから自分の家の敷地に作る理由が思い当たらない。強いていうなら水くみが楽になることくらいがメリットだろうか。
「こちらの方は水くみが大変になってきたけれど息子も娘もいないので、自分で行くしかないそうです。金貨十枚で解決するならそれでお願いしたいそうですよ。この前のおばさんに井戸があっという間に出来たことを教えて貰ったそうです」
「マジかよ……」
「というわけでこの方の家に行きましょうか! お兄ちゃんのスキルでパパッと作っちゃいましょう!」
「ああ、分かったよ」
「お二人とも、老人への配慮感謝する」
そうして老人の家に行ったのだが、そこそこ金を持っていそうな家だった。なるほどこれなら金貨十枚くらい払っても平気なのだろうな。
「それで、どこに井戸を作って欲しいんですか?」
「この庭の中ならどこでも構いませんぞ。井戸が沸きそうな場所があればそこに頼みます」
そう言って指さした先はそこそこ広い庭だ。これだけ広ければ水脈の一つくらい当たるかもしれないが……
「いや、どこでも好きなところに作れるので欲しい場所を言ってください」
俺が自由な場所に井戸を作れることを告げると、老人は驚きを浮かべて俺に問いかけてきた。
「井戸とは地下の水をくみ上げるものなのではないですかな? 地下に水がなければ掘っても無駄なのでは……」
「いえ、穴も水もスキルで作るので場所はどこでもいいです。なので好きな場所に作れますよ」
「なんと……スキルとはさすがですな……ワシの剣士スキルなど年を取ってしまうと使い物にならんというのに……」
「私のお兄ちゃんのスキルですからね! 多少の不思議は納得してくださいよ!」
いいなあ剣士スキル……俺だってもらえるならそれの方がよかったんだよ。なんだよ『町作り』って……意味わかんねーよ。それとシャーリー、お前の兄であることとスキルの信頼度は関係ないだろう。
「でしたら庭の入り口脇に作って頂けると助かりますな」
「分かりました。じゃあここでいいですか?」
俺は雑に庭の勝手口の脇を指さした。そんな所に井戸が出来るとは思っていないのだろう。本日何度目か分からない教学に老人は顔を歪めた。
「ここに出来るなら言うことは無いが……」
『井戸を制作します』
ゴリゴリと地面を削って井戸が一式出来上がる。中には澄み切った水が溜まっている。コレで文句をつけられたら困るというものだろう。
「これでいいですか?」
「あ、ああ……確かに井戸だな……一杯試しに水を飲んでいいか?」
「大丈夫です」
「美味しいですよ!」
俺たちに健康問題が出ていないのだからおそらくこの水は安全なのだろう。老人は水を一杯汲んでそれを掬って飲んだ。目を見開いて『美味い!』と言う。俺からすれば普通の水なんだがな。
「いや、本当に助かったよ。老体には共有井戸までいくのが辛くてな……これで重労働から解放されるわい」
『町作りスキルがLv.2になり小型の建物が制作可能になりました』
俺はスキルのレベルアップについては無視して、老人から規定の報酬を貰った。そして帰宅したのだが……
「お兄ちゃん、井戸を作ったときに何かありましたね?」
「え!? なんでそう思うんだ?」
「妹の勘です」
やれやれ、シャーリーには敵わないな……俺は町作りスキルのレベルが上がったことと、それによって何が起きるかは分からないことを伝えておいた。念のため思いつきで試しに使ってみるなんてのは危険かもしれないぞとは釘を刺しておいたのだが、どこまで聞いたことやら……先がとことん思いやられるのだった。
本日は『雷が怖いので一緒に寝かせてください』と言ってきたシャーリーを、『月が出ているだろうが』と追い返した。アイツの格好もアレなのだが、発言も段々雑になってきているような気がした。
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