第2話「井戸を作った」
「お兄ちゃん! 朝ですよ~…… あれ? もう起きてましたか」
薄着のシャーリーが俺の部屋へ殴り込んでくる。相変わらず大きな胸を強調した服をしており、まあ……大変大きく揺れていた。
「ああ、試したいこともあってな」
「試したいこと?」
「朝飯はもう作ったか?」
「まだですけど……」
「じゃあちょっと付き合ってくれ」
俺はシャーリーを連れて庭に出る。もちろんその前に普通の服に着替えさせる。何故あんなきわどい服が家にあるのかと思ったら自作していたらしい。その労力を有意義なことに使えないのか……
さて……上手くいってくれよ……頼むぞ。
『井戸を制作します』
ガガガガガ
いきなりすごい音を立てて穴が掘られ周囲に石の枠が作られ桶の付いた棒まで出てきた。
「井戸の完成」
「完成……じゃないですよ!? 何をしれっと庭に井戸を作ってるんですか!? というかこの辺に水脈ってありましたっけ!? って浅っ!! そこがびっくりするほど浅い! どこから水が出てきているんですか!?」
「よく分からないけどスキルを鍛えたら色々作れるようになるみたいだ」
シャーリーは口をパクパクさせている。少しは驚かせることが出来たかな。これだけでも完全に無能の外れスキルということはないはずだ。少しだけでも役に立てたのなら十分に嬉しい。
「お兄ちゃん、ヤベースキルだと思うんですけど、なんでそんなにしれっとしているんですか?」
「え? だって井戸を作っただけじゃん」
「だけって……井戸ですよ井戸! 飲み水を手に入れるのが手間なのは知ってるでしょう? それがこんな簡単に……お兄ちゃんはすごいですよ! これはお金になります! へへへ……お兄ちゃんは私の期待に応えてくれる人だと信じてましたよ!」
というかそもそもこの辺に井戸が出来るような水脈があっただろうか? 井戸を覗くと人一人分くらいの深さの穴に水がたっぷりとたまっていた。いや、水がこんな浅い穴から湧くわけがないだろう。
ご丁寧に備え付けられた棒付きバケツで水をくみ上げてみたが、綺麗に澄んだ水で怪しい点は一切無かった。煮沸無しで飲んでいいだろうか? セーフのような気がするのだが……
「お兄ちゃん、その水飲んで大丈夫ですよね?」
「まあ……この水ってどう考えても地面から湧いたものじゃなくスキルでできたものじゃないか? 多分セーフだと思うぞ」
「確かに……地下水脈って感じはしませんもんねえ……」
スキルならなんか神聖なサムシングで出来た水なのだから危険は無い……と思う。スキルって神が与えた物と言われているからな。神が作った水なのにそれを飲んで病気になるわけない。
「試しに飲んでみるか」
俺は桶から手で一杯すくい取って口に含んでみた。どう考えても臭みも味も無いただの水で危険性があるとは思えない。
「お兄ちゃん、どうですか?」
「うん、ただの水っぽいな」
「そうですか、私も一口……」
シャーリーもバケツから水をすくって口に含む。それからゴクリと飲み込んで声を上げた。
「美味しい! この水美味しいです! 私の贔屓目で言うとお兄ちゃんが私のために作った水だと思うと尚更美味しいですね!」
「そうか? ただの水のような気がするんだがな……あと後半は水の味に関係ないだろ」
煮沸の必要が無いというのは大きいかもしれないが、それくらいのメリットではないだろうか?
「お兄ちゃん! 町の中なら井戸を自由に作れるんですか?」
「ちょっとやってみるか」
家の前の通りを見てスキルを発動する。
『井戸を制作しますか?』
『はい』
ゴゴゴと石が削り取られあっという間に井戸が完成した。しかしこんなところにあっては迷惑だと気がついた。
『井戸を破棄しますか』
『はい』
ゴリゴリと井戸を作っていた素材が砕かれ元に戻っていく。あっという間に何も無かったただの道へと還っていった。
「便利だな」
「便利ですね! お兄ちゃんの作ってくれた井戸でお風呂に入ったりも出来ますね!」
何故真っ先に出てきた例えがそれなのかは疑問だが、これでどこにいても飲み水に困らないという便利さが手に入るわけだ。結構便利なスキルじゃないか?
「しかしお兄ちゃんが町を開拓するときくらいしか使えませんね……使える土地も決まってるみたいですし」
「そうだな、町を広げることなんて滅多にないしな」
そんなことを話していると老人が一人通りがかり、俺の家の庭の一部始終を見ていたらしく興奮気味で俺に話しかけてきた。
「アポロくん、この井戸は君が掘ったのかね?」
「掘ったというか……まあそんな感じです、スキルを使いました」
「なんと……そんな便利なスキルが……ちょっとその水を飲ませて貰っても構わんか?」
「構いませんけどスキルで出てきた水なので安全は保証しませんよ?」
爺さんは笑い声をあげて『老いぼれに安全も何もないわい』と言った。
「ではどうぞ」
バケツを差し出すと一杯手で水をすくった飲んだ。途端に腰の曲がっていた爺さんがシャキッとした。
「なんじゃこれは!? 美味いぞ! しかも生き返るような心地じゃ!」
大げさな……ただの水だろう。
「分かります! 美味しいですよね!」
何故かシャーリーと話があっているようだが、俺自身には何の感慨もなかったぞ。アレか? 作った者自身に効果を及ぼさない系のスキルか?
「ちなみにこの井戸ですが、町のどこにでも作ることが出来ます! 私のお兄ちゃんのスキルですよ!」
シャーリーがドヤ顔で言い放つ。俺を井戸職人にでもしたいのか?
「ほほう! この井戸なら金を出すものも多そうじゃの」
「でしょう! お兄ちゃんはすごいんですよ!」
俺のスキルは今のところ道と井戸しか作れない欠陥スキルだぞ、妙なハードルをあげないでくれ。
「しかしこの井戸、浅いのう……こんなに浅い井戸から水が湧くはずはないのじゃが……」
「そのへんはスキルによる奇跡ってヤツですよ!」
シャーリーが雑に片付けた。スキルだから平気、そんな説明が通るのだろうか?
「なるほど! スキルじゃったら納得じゃ!」
いや納得するんかい! どう考えても自然に逆らう謎の水だろうが! え……まさか俺がおかしいの?
「なあシャーリー……そのスキルに対する謎の信頼感はどこから出てくるんだ?」
「え? 神様がくれるものを信用しないんですか? 神様が人間に害になるようなスキルを出すわけないじゃないですか」
「根拠が雑ゥ!」
神様に対するその絶対の信頼感は一体なんなんだ? もはや怖いまである。神とか結構理不尽なところもあると思うのだがそれでいいのか? 少なくとも神は平等ではなく、ゴブリンやコボルトは人間に倒されるものだし、連中にスキルは与えられない、その程度には理不尽なヤツを信用出来るのか?
「お兄ちゃんは神様に選ばれたスキルの持ち主なんですよ! もっとドーンと大きく構えてください! ついでに私と一生一緒に暮らしてください!」
「いや、そんなにえらそうに出来る話じゃないだろう? あと、俺に寄生宣言を堂々とするな」
「ケチですね、私みたいな可愛い妹が添い遂げてあげるっていってるんですよ? まあそこは
「別に構わんがそんな怪しいもんに金を払うやツいねーだろ」
「どうでしょうね……お兄ちゃんは自分の力を知るべきですね。お兄ちゃんは私からしてもかっこいいと思いますよ?」
そうして老人は元気に帰宅し、俺の家の前にその通りの言葉の書かれた紙が一枚貼られた。どうせ来るわけねえじゃんそんな怪しいものに金貨を払うヤツいないって。
「すみませーん! こちらで井戸を掘って頂けるんですか?」
早速一人やってきたようだ。嘘だろ! アレを真に受けたのか!?
「はいはーい! あなたが一番乗りなのでお兄ちゃんが作ってあげますよ! 紙は剥がしときますね」
やってきたのは、村のおばさんだった。年のせいで水を公共の井戸から汲むのが難しくなってきたのでこれがあるならやって欲しいと言うことだ。
「お兄ちゃん! 早速行きますよ!」
そう言って俺は妹に連れ出されたのだった。
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