神々廻小噺

人馬宮マサ

氷蛇の罪

 六道ろくどうフブキは姪の感情を凍てつかせた罪を持つ。正確に言えば、本人が凍てつかせたのではない。きっかけを作ってしまったのだ。


 彼はその名の通り、吹雪を操る力を持つ妖怪である。一度白魔を引き起こせば、命の灯火を消し去ることなど造作も無かった。だが、いつしか彼は血族にして友の子宝を守るために、その力を振るい始めた。それを知った友は、フブキに娘の師を務めてくれないか頼み、フブキ自身もそれを引き受けた。


 姪にあたる子の名はマミといった。マミは獣人じゅうじんと妖怪の混血種──半妖はんようと呼ばれる者でありながら、身体に似合わぬ力を宿しており、幼少の頃から強かったとフブキは評価する。


 マミは決して驕ることなく、弛まぬ努力を続け、純血の妖怪に引けを取らない実力をフブキの指導で手にしたのだ。


 フブキは「どんな環境下であろうと、弱さを見せない強者であれ」と常々マミへ指導していた。その教えをマミも守り続けた。守り続けた結果、悲劇が起きた。自身のもとへ仕事が入り、修行を休講したある日、マミの妹を狙う賊が襲撃するという事件が起きた。フブキがその事件を知ったのは、全てが解決した後だった。


 賊を撃退したのは、言わずもがなマミであった。彼女は左目蓋の裂傷と毒により床に就いていた。あまりにも痛ましい姿に、フブキは惻隠の情を抱いた。


 もっと強い護衛をつけておけば、こんなことにはならなかった。そもそも自分が仕事で屋敷を離れなければ……フブキの胸が後悔で埋まり始めていたところに、「師匠せんせい……」と枯れた声で呼ばれ、我に返る。


「どうかしたか」と尋ねれば、マミは賊にあることを言われたと話す。賊は傷を負った彼女に対し、「その程度の傷も治せない出来損ないに、誰も期待しない」そう罵声を浴びせたそうだ。それを聞いて今すぐ賊の命を消してしまおうかと、今度は怒りに捕らわれる。


 しかし、次に彼女から放たれた言葉を聞いてフブキの頭は冷えた。


「──私、出来損ないですか?」


 尋ねてくるマミの表情は、今にも泣きそうで、「期待外れだなんて、初めて言われました……」と口元を震わせていた。


「師匠、修行の量を倍にしてください……もっと、もっと勉強をして、強くなります。たくさん、勉強をして、強くなれば──」

「──マミ」


 激しく動揺するマミの気持ちを冷やすように、フブキは彼女の手を包み込んだ。


「負け犬は勝手に吠えさせておきなさい。お前の身体には、一族の祖であるユリ様の血が流れている……お前はその血と、自分の力で今まで通りに過ごせばいい」


 ──そう諭したにも関わらず、マミは自分で自分を追い詰めるような修行を始め、感情が読み取りにくくなった。


 彼女は、祖であるユリから与えられた役割を淡々とこなす機械的な子になってしまった。天から与えられた力を、天性の才覚と努力で磨き上げた代償に、感情を凍てつかせた。あの時、自分が別の言葉を紡げたのなら、彼女はこうはならなかったはずだ。


 自分が所長を務めていた万事屋を彼女へ譲った時、まだ己を出来損ないだと思うか尋ねてみたことがある。マミは硬い表情で「……どうでしょう」としか答えなかった。


 ……自分が意図せず凍らせたものは、解凍に幾年もの年月を要した。仮に彼女が感情を取り戻せたとしても──自分の罪が消えることは、一生無いのである。

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