第18話 出張版 8
こんにちは。
神都オラトリアムの開拓は一段落となったので、現在は別の大陸の開拓に力を入れています。
わたしが今いる場所はヴァーサリイ大陸の北端、前の世界では獣人の国があったところみたい。
地質調査を行い、前の世界と同様に大量の魔石が埋蔵されているとはっきりしたので採掘都市の再建計画が持ち上がり、現在はその工事中。 大量の魔導外骨格やエグリゴリシリーズが穴を掘ったり、資材を運んだりと忙しそうに働いている。 わたしの仕事はその採掘都市の近くに畑を作る為の開墾作業中だ。
こっちの土はかなり固いので耕すのにも一苦労で、中々に苦戦していた。
ただ、最終的にはパンゲアの苗を植えるので耕すのは最低限でいいのはかなり楽だ。
転移用の拠点も設置されているので足りないものは連絡すればすぐに送ってくれるので、環境としては何の問題もない。 忙しく動くオラトリアムには戦いの気配は一切存在しない事にわたしはほっと胸を撫で下ろしていた。 今の段階でオラトリアムに敵対する勢力は存在しない。
つまり戦いを挑んで来るものが居ないのだ。 そもそも世界を丸ごと手に入れたので、敵など発生しようがないと思っていたのだけれど、異世界というこの世界の外側の存在を知ればこの平和が絶対のものではない。
それぐらいの事は私にも想像できた。 だからファティマさんは兵器の生産量を絞ってはいるけど、生産自体を止めるような事はしていない。 首途さんは――先の事を考えているというよりは趣味に生きている感じだから何とも言えないないなぁ……。 あ、でも最近、売り出し始めたラジコンは好評みたい。
「この平和が絶対ではない。 梼原さんの仰る事は正しいと思います」
そんなこんなで平和に日常を過ごしていたわたしでしたが、今日は休みなので久しぶりに知人と食事をすることになりました! 場所は採掘都市――リソスフェアにある屋敷のテラス。
元々、前の世界にあったものをこちらに再現した都市なのでリソスフェアⅡなんて呼んでいる人も居るとかいないとか。 わたしの向かいには同じく休暇中のメイヴィスさん。
ここ最近はお互いに忙しかった事もあって通信魔石を介しての会話のやり取りこそあったけど、こうして対面で話すのは随分と久しぶりだった。
「話を振っといてなんですけどメイヴィスさんがそんな事を言っちゃってよかったんですか?」
わたしがそう返すとメイヴィスさんは曖昧に笑って見せる。
「このオラトリアムはタウミエルという最大の脅威を退け、平和を手にしました。 それは間違いないでしょう」
メイヴィスさんはですがと呟いて視線を空へ向ける。
良く晴れた空からはやや強い日差しが降り注ぐ。 彼女は眩しそうに僅かに目を細めた。
「内情をある程度知った梼原さんにならお伝えしても構わないと思っています。 このオラトリアムには外的要因による瓦解はあり得ないと言い切れますが、内部には一つ大きな問題を抱えています」
「内部に問題?」
開拓、開発事業は順調。 現在は神都オラトリアムだけでなく他の大陸の開拓も進み、最終的にはこの世界そのものがオラトリアムという都市になるだろう。
少なくともわたしの見えている範囲では問題の類は一切起こっていないように見える。
あったとしても精々、街の喧嘩レベルのはずで、メイヴィスさんが大きな問題と形容するような何かがあるとは思えなかった。
「ロートフェルト様が今、どうしていらっしゃるのかはご存じですか?」
その名前を聞いてぞわりと背筋が冷える。
ロートフェルト――ローさんはこの世界の王様といえる存在で、オラトリアムの実質的な支配者だ。
最近はオラトリアム教団のシンボルとして絵画や石像があちこちで作られており、姿だけならよく見かける。 別に嫌っている訳ではないけど、一度殺されかけたので苦手意識は未だに残っていた。
……ローさんに何かあった?
興味がない訳ではないのだけど、あまり関りたい相手ではないので意識して情報を入れないようにしていた事もあって彼に関してはあまりよくは知らない。
――とはいっても何かあれば耳に入らないはずはないので事故や事件に巻き込まれたというのであれば自分の耳に入ってくるはず。
旅に出ている事は知っているので、もしかして旅先で何かあったのかな?
正直、あのタウミエルという良く分からない怪物を倒したローさんをどうにかできる存在が想像できなかった事もあって思わず首を傾げてしまう。
メイヴィスさんの表情は少し暗く、どうしたらいいか分からないといった様子だった。
「あの方は現在、旧ポジドミット大陸におられます。 もう少しすれば踏破が完了し、神都オラトリアムへご帰還なされるでしょう」
簡単に言うと旅行を終えて帰ってくるって事だろうけどそれの何が問題なのだろうか?
さっぱり分からなかったので無言で先を促す。
「あの方は未知を求めているが故にそれがなくなればどうなってしまうのか……」
聞けばローさんには何か探し物があって旅を続けており、それを終えて帰ってくるという事は何も見つからなかった事を意味する。 もしかしたら何かを掴んで帰ってきたのかもしれないけど、そうでなかった場合、彼がどんな行動を取るのかが分からないとの事。
メイヴィスさんはいつもの調子でそう口にしてはいるけど言動の端々に不安が滲み出ていた。
オラトリアムは数えきれないほどの人達が関わる事で成立している。 ある種の集合体だ。
だからローさん一人に何かあったとしてもそこまで大きな問題にならないんじゃないか。
そうわたしは思っていたけど、メイヴィスさんはそうは思っていないようだ。
まるでローさんが居なくなればオラトリアムは終わる。 彼女はそう言っている様だった。
本当にそうなのだろうか? わたしには良く分からなかったけど、少しだけ足元が揺らぐような不安な気持ちに襲われた。 メイヴィスさんの視線を追ってリソスフェアの景色に目を向ける。
誰も彼もが一生懸命に働いて日常を謳歌していた。
この景色がそんな簡単に崩れるのだろうか? 不安はあったけど信じたくないというのが本音だったのかもしれない。
――だから――
わたしは努めて明るい声を出してその不安から目を逸らした。
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