第17話 出張版 7

 神都オラトリアム。 

 その中央に近い位置にある大型の店舗――ダーザイン食堂本店内部にあるものが持ち込まれていた。

 巨大な板状の物体。 これは研究所で開発された数ある試作品の一つだった。

 その様子を監督しているのはアスピザルと夜ノ森だ。 


 「そのまま壁に引っ掛けちゃて。 あ、ずれてるずれてる、うん。 おっけーありがとねー」

 

 設置に訪れたオーク達は作業を終えると小さく頭を下げて去っていった。

 アスピザルは事前に貰っていたマニュアルに目を通しながら壁に設置されたそれを眺める。

 

 「いやぁ、ついに来たって感じだね」

 「そうね。 私は正直、もっとかかるって思ってたから驚きよ」

 「いや、僕としてはラジオが実装された時点で時間の問題だって思ってたかな」 


 アスピザルが巨大な板状の物体を起動させると点灯し表面に真っ黒な映像のようなものが浮かび上がった。

 

 「うん、ちゃんと動いてるっぽいね。 時間的には……そろそろかな?」


 ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認すると真っ黒な映像に変化が起こった。

 そこにはギターを持った瓢箪山が映し出されており、演奏を行っている。

 奏でている曲は関しては最近、オララジで好評のオープニングテーマだ。


 映像の中に瓢箪山は演奏している手を止めるとテーブルのマイクを握って喋り始めた。


 『はい、皆さんこんにちは。 オラトリアムラジオ、略してオララジ始まります。 メインパーソナリティーは毎度おなじみ瓢箪山 重一郎がシュドラス城放送局からお送りします』


 アスピザルが振り返るといつの間にか集まっていた従業員達が映し出されている瓢箪山を見て驚いていた。 言うまでもなくこれは本日から実装されたテレビだ。

 オララジの映像化に関しては早い段階で決定していたので、研究所の作業次第だったのだが思った以上に早く実現に成功し、今日この日から放送を開始する事となった。


 『さて、一部の皆さんはご存じかもしれませんが、本日からオララジは生まれ変わってオララジTVになりました! ラジオしか持っていない皆さんからしたら通常放送にしか聞こえませんが、今日からテレビを使って映像をお届けする事となりました! いや、やるやるって話はしていましたけど思ってた以上に早くてびっくりですね! しばらくは慣らしも兼ねて一部にだけ設置されたテレビでしか見られませんが、生産や小型化が進めば誰でも気軽に見れるようになれると思いますよ! 楽しみですね!』


 画面の向こうでは瓢箪山が軽快な口調でいつものラジオを行っていた。

 

 『まぁ、映像はまだお試しって感じなので、音声だけでも楽しんで頂けるように頑張っていきますよ! はい、では早速本日のゲストをご紹介いたしましょう! いやぁ最近、結構来てくれるから嬉しいなぁ』


 画面外、瓢箪山の左右から二人の姿が現れる。

 

 『はい、自己紹介をどうぞ!』

 『ベレンガリア・ヴェロニク・ラエティティアだ。 今日はよろしく頼む』

 『エゼルベルト・バルトロメウス・コグノーメンです。 よろしくお願いします』


 画面に映る事を考慮してか二人とも前者はだらしなく、後者は薄汚れた格好ではないきっちりとした装いをしていた。 


 『話した事はあったけど本格的に絡んだのは初めてかな? 今日はよろしくお願いします! では、早速だけどお二人は普段は何をやっているんですか?』

 『私は魔導書製造を行いつつ、雑誌などの大衆向けの書籍を作成する事業を行う予定だ』

 『あー、魔導書ね。 俺は使ってないから良く分からないんだけど、最近は製造を抑えるって話は聞いたなぁ。 それで雑誌って事?』

 『その通りだ。 現在のオラトリアムには敵対勢力が存在しないので兵器関係の需要が一気に下がってな。 その煽りを食らって魔導書の生産も絞られてしまったんだ! クソ! あの女め、散々こき使っといて用事がなくなれば規模縮小からの放置とかふざけ――』

 『はいはい、画面外でお連れさんが物理的に騙らせようとしているみたいなのでそれぐらいにしておきましょうね。 ――どうでもいいけど、あんたそんな調子でよく今まで生きて来れたな。 マジですげえわ』

 瓢箪山は後半小声でそう呟くと今度はエゼルベルトに話を振る。

 『僕はこの世界の地形などを調べるフィールドワークが主です。 その傍らに旧世界の歴史を纏めた記録を作成しています』

 『えーっと、歴史の纏めって事は歴史書とか作る感じですか?』

 『はい、遠くない内に記録を収めた図書館のようなものを作り、書籍の需要を見て好調であるなら出版といった形で世に広げていければと思っています』

 『前の世界は本がなかったわけじゃなかったけど、識字率がかなり低かったから本の需要ってあんまりなかった感じですよね。 俺もオラトリアムに来る前にオフルマズドってところにいたんですけどほとんど見なかったなぁ。 ってか読み書きは割と専門職の領分ってイメージがありました』

 『その認識は間違ってはいませんよ。 実際、我々のいた旧世界では代筆の需要が高かったので、瓢箪山さんの言う通りです』

 『私の場合は研究するのに必須だからな。 子供の頃からしっかり読み書きできたぞ!』

 『あー、そっすか。 凄いっすね』

 『おい、何でいきなり私への扱いが雑になるんだ!?』

 「はは、下手に喋らせたら放送事故になりかねないしね」


 画面の向こうでの遣り取りを見てアスピザルが小さく笑う。

 ベレンガリアに関しては自分で話を振る形にしてコントロールしようとしているなと察し、上手く行っているかは別として話はやや危うさを孕みながらも進んでいた。


 『そういえばフィールドワークしてるって話ですけど他の大陸とかに行ったりするんですか?』

 『しますよ。 というか他の大陸での活動が主ですね』

 『前の世界と結構違う感じですか?』

 『地形的な意味で言うならほとんど変わりませんね。 元々、旧世界と鏡写しのような形状をしている世界なので形自体はほぼ同一で、相違点としては大きさですかね』

 『あぁ、タウミエル戦の前にちょっと聞きましたね。 確か世界の入れ替えで上書き先の方が大きくなってるから回数を重ねた分、デカくなるって』

 『その通りです。 まるで円環のように破壊と再生を繰り返していた世界ですが、それから脱却した今、新しく世界を作り上げていくのは我々です。 未知を切り開くのは並大抵の事ではありません。 ですので過去の歴史を紐解き、進む為の道標とする事が知識を受け継ぐという事ではないでしょうか!』

 『お、おぅ、仰る通りです。 俺は話でしか聞いていないんですけど開発も進んでいるみたいですし、過去を振り返りつつ先へ進んでいくって感じですね!』

 『はい! この世界は真っ白のキャンバスのようなものどのような形に描くのかは我々次第となります! オラトリアムが一丸となって良い歴史を紡いでいければと思っております!』

 

 瓢箪山はちょっと固い方向に流れ始めたなと思ったので話の矛先を変える。

 

 『ベレンガリアさんはどうです? 魔導書関連は縮小はしたって聞いてますけど、研究自体は進んでいるって聞いていますよ?』

 

 放置されて少し居心地が悪そうにしていたベレンガリアだったが、話を振られて即座に元気を取り戻す。 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに立ち上がる。


 『あ、立たなくていいから座ったままでお願いします』

 『魔導書は天使や悪魔、この世界の外に存在する存在から力を引き出す技術だ』

 『それは知ってます。 つっても適正みたいなものが要るんですよね?』

 『その通りだ。 使用者の本質――魂の在り方などで決まるのでこればかりは試行を重ねるしかない。 だが、検証が進めば大雑把な適正検査のようなものができるかもしれないぞ!』

 『へー、星占いみたいなものですかね』

 『占いは良く分からんが何と相性がいいのかは分かると思うぞ!』

  

 ベレンガリア座らずに得意げに話を続ける。


 『魂と悪魔および天使との関係は非常に興味深い。 世界の外にいる者達に関しても研究は進めているが、私が最も着目している点はニホンという転生者の世界にも天使や悪魔が伝承として謳われている点だ!』

 『あ、それは僕も気になっていたんです。 一見、関係の少ない異世界でこうも基本的な造形が似るなんて事があるのか、興味が尽きないテーマですね!』

 『あ~、これはやっちまったかな……』

 

 瓢箪山を置き去りにしてベレンガリアとエゼルベルトの議論は白熱。

 何とか軌道を修正しようとした彼の努力も虚しく時間だけが流れていく。

 それを見てアスピザルは「これもう放送事故でしょ」と笑い、夜ノ森は瓢箪山に同情の眼差しを向ける。 そうこうしている放送の終了時間が訪れた。


 『あー……お二人さん。 そろそろ時間なんですけど……』

 『分かります。 グリゴリが例外で本質的に天使は――』

 『だろ? 明らかにあいつ等だけ浮いてるんだ! だから私は――』

 『……駄目だ。 聞いちゃいねぇ。 取り合えず時間なんで今日はここまでになります。 お相手は瓢箪山 重一郎とゲストのお二人でした。 ――はぁ、なんかすっげー疲れた』


 瓢箪山が小さく手を振って画面が暗転。 番組が終了した。

 アスピザルと夜ノ森は顔を見合わせる。 


 「ま、まぁ、今後に期待かな?」

 「そ、そうね」

 

 瓢箪山の受難は続く。

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