第12話 クリスマス②

 「ううう、寒い……」


 梼原は部下のゴブリンやオークを連れて帰路を急いでいた。

 降雪量が想定よりも多かったので気になって畑の様子を見に行っており、問題がなかった事を確認して帰っている所だったのだ。

 

 冷え込みは厳しく、寒さへの対策は取ってはいたのだが完全に防げずに震えていた。

 もう少しで帰れると後ろを気にしながら歩いていると、背後から何かが近寄って来る。

 鈴の音が響き、近づくにつれてその全貌が明らかになった。


 どう見てもサベージがトナカイような角を付けてソリを引いており、そのソリに乗っているのはサンタクロースの格好をしたローだった。

 梼原はあまりの光景に幻覚かと思って目をこすった後、凝視する。


 ローは梼原達の前にソリを止めると持っていた巨大な袋をごそごそと漁り――中からラッピングされた袋を取り出した。 ローは無言で梼原に袋を差し出す。

 状況に理解が欠片も追いつかない梼原は固まっていた。 


 ローは首を傾げるとややあって思い立ったのか一言。

 

 「メリークリスマス」

 「……え? あ、はい、ありがとうございます」


 理解していないが取りあえず受け取っていい事だけは分かったので真っ白な頭でプレゼントを受け取る。

 

 「配るから並べ」


 ローは背後にいた亜人種達にそういうと何か貰える事だけは理解した彼等は並んで順番にプレゼントを受け取る。 しばらくの間、黙々と配布作業に入り、全員に行き渡った所で最後に「貰ってない奴は居ないか?」と尋ねた。 全員が貰ったと持っていた袋を掲げると満足したのか頷くとソリに乗って去って行く。


 その場の全員が去っていく姿を呆然と眺め、完全に見えなくなった所で我に返った。

 幻だったのだろうかと梼原は首を捻ったが、手に持っているプレゼントがまぎれもなく現実だと告げている。


 「……な、何だったんだろう?」


 梼原はそう呟くが答える者は居なかった。



 「――お嬢、そろそろ休んだらどうだ?」

 「ん? あぁ、もうこんな時間か」


 柘植に声をかけられたベレンガリアは作業の手を止めて顔を上げた。

 少し前に色々と整理がついた事もあって彼女は随分と落ち着いており、作業も順調に進んでいる。

 小さく息を吐きながら席を立って肩や首をグリグリと回す。


 「意識したら寒くなってきたな。 何かあったかいものでも飲むか」

 「だったら茶を入れるから――ん?」


 不意に扉がノックされる音が響く。 どうやら来客のようだ。

 

 「誰だ? こんな時間にご苦労な事だな」


 遅い時間という事もあるが外はかなり冷えるので茶を用意してやった方がいいかもしれない。

 そんな事を考えながら対応に向かうと、相棒の両角が既に対応しており中に迎え入れていた。

 

 「だ、旦那!? というか何ですかその格好は!?」


 柘植は驚きの声を上げる。 

 それもその筈で、普段はここに近寄らないローがサンタの格好をして現れたのだ。

 新手のドッキリか何かかと警戒するように周囲を見回すが、仕込みの類は見当たらない。

 

 いや、そもそもローがこんな格好をして外を出歩く事自体があり得ないと思っていたので、柘植もそうだが両角も驚きに固まっていた。

 

 「おーい、ツゲ! 客は誰だった――……ぷっ、何だその格こ――んがっ!?」

 「な、何でもありやせん。 旦那! それで!? 本日はどういった用向きで!?」


 ベレンガリアが遅れて現れローの姿を認めると奇妙な格好に笑いそうになったが、柘植が即座にその口を塞ぎ、遮るように用件を尋ねた。

 ローは無言で巨大な袋を背負ってテーブルの前まで行くと袋からほかほかと湯気を纏った出来立ての料理を取り出すと並べ始める。 どれもダーザイン食堂で提供される人気料理だ。

 

 並べ終わるとローは三人に向き直る。 何が起こっているのかさっぱり分からない三人は黙って身構えていたが、ローは「メリークリスマス」と無機質に呟いて去って行った。


 「な、何だったんだ?」

 「ちょいと風変わりなサンタだったって訳だ。 折角のプレゼントだし、冷めない内に食っちまおうぜ」

 

 三人はやや困惑を覚えつつも席に着いて食事を始めた。

 ベレンガリアはやや警戒していたが、一口、二口と料理を口にして気が付けば夢中で食べる。

 柘植と両角は苦笑して席に着く。 料理は非常に美味だった。



 「……ふぅ」

 「お疲れみたいだね姉上」


 王城の一室。

 溜まっていた書類を一通り片付けたファティマは小さく息を吐き、一緒に作業をしていたヴァレンティーナが苦笑。 処理の済んだ書類を部下に渡して一段落だ。

 

 「折角だしお茶でも入れようか?」

 「いえ、少し休みます。 朝になれば追加が来るのであなたも少し仮眠を取りなさい」

 「やれやれ、遊んでいる暇もなしか。 確か明日は新型エグリゴリシリーズのお披露目があるから視察に――おや? 来客かな?」

 

 ヴァレンティーナは休んでいる暇もなしかと少し肩を落とそうとして、部下から来客の連絡が入る。

 そもそもここはアポなしで入れる所ではないので、部下があっさりと通す相手は非常に限られていた。

 つまり真っ直ぐにここまで来られる相手はすぐに候補が上がる程度には少ない。


 ヴァレンティーナが対応に出る前に扉が開かれた。

 現れたのは奇妙な衣装に身を包んだローだ。 ローが来る事自体には驚きはなかったが、奇妙な服を着ている事には流石の彼女も目を見開かざるを得なかった。


 「あの――」

 「ロートフェルト様! どうされましたか!? 仰っていただければそちらに伺いましたが……」

 「メリークリスマス」

 

 やや食い気味にローへにじり寄るファティマを無視してローは袋からラッピングされた袋をヴァレンティーナに渡した。

 

 「え、あ、はぁ、どうも?」


 ヴァレンティーナはやや困惑を浮かべながらもプレゼントを受け取る。

 それを見たファティマから凄まじい圧が発せられヴァレンティーナは平静を装っていたが、内心では悲鳴を上げて逃げ出したかった。 それを知ってか知らずか、ローは袋をごそごそと漁り――小さく眉を顰める。


 ローが取り出したのは小さな箱。 ラッピングの類はされていない。

 小さく首を傾げ、おもむろにパカリと開くと中には指輪が入っていた。

 明らかに高級品で加工された魔石が綺麗に収まっている。


 ローはふむと蓋を閉じるとファティマに「メリークリスマス」と箱を差し出した。

 

 「え? これ? 指輪?? 頂けるんですか?」

 「メリークリスマス」

 

 ローは箱をさっさと受け取れと差し出した。 ファティマは恐る恐る受け取って中の指輪を嵌める。

 左手の薬指にぴったりと納まった。 それを確認したローは頷くと袋を背負って去って行った。

 ヴァレンティーナは私は幻でも見たのだろうかと首を傾げ、ファティマは指に嵌まった指輪を見て硬直。


 「いや、何だったんだろうね? 姉上、何か聞いて――姉上?」

 「…………」

 

 ヴァレンティーナは硬直したファティマの目の前で手を振って見せるが反応がない。

 そして――


 「ふぁぁ」

  

 ――普段は出さないような変な声を出して倒れた。


 「姉上!?」


 こうしてクリスマス(仮)の夜は更けていった。

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