第5話 三章①

 夢現ゆめうつつ宿主しゅくしゅ

 名付けたのは先々代の領主で正式に迷宮として認知されたのもその頃らしい。

 数十年前なのではっきりはしないが、当時はまだ迷宮都市もなかったので不自然に大きな樹とそれを中心に広がって行く森ぐらいの認識だった。

 今でこそ伐採が進んでこの規模だが一時はライトラップの市街部分を完全に呑み込めるぐらいの広さの森だった。

 切っても切っても生えて来る樹に木材が大量に採れると最初は喜ばれたのだが、それが馬鹿な考えだった事に気付くのにそう時間がかからなかった。

 成長した樹木の中に人を襲うものが現れたのだ。 イメージとしては食虫植物が近いか。

 人間を捕食するぐらいなのだから食人植物か?そんな厄介な植物が生えている場所で伐採なども危険すぎてできない。

 ここに来てようやくこの森の危険性を正しく認識した当時の領主は大規模な伐採計画を立てて実行。 大量の冒険者に自前で抱えている衛兵や騎士、グノーシスにも金を払って聖騎士を大量に呼び寄せたらしい。

 結構な日数をかけて森を少しずつ削って森の勢力を削ぎ落し、遂に件の巨大樹木まで辿り着いたのだ。 これが大本であろう事は容易く想像がついたのでさっさと切り倒してしまおう。

 そうして多大な労力を払って切り倒したのだが、相変わらず樹は筍かなにかのように次々と驚くべきスピードで生えて来る。

 巨大な樹が原因ではなかったのか?と思ったが、これ以外に原因が見当たらなかったので切り株になってこそいるがまだ生きていると判断して完全に引っこ抜いてしまおうと作業に入ったのだ。

 ――が、根は地底深くまで続いておりとてもじゃないが引き抜けなかった。

 それどころか切り株の下に広大な地下空間が広がっていたのだ。 領主は調査隊を送り込んだが、中は動く植物が支配する魔窟だったようで調査は失敗に終わる。

 以降も樹木の再生は止まらず、領主は多大な予算を投じて伐採を繰り返し、投資分を回収する為に木材を売却。 図らずともディロード領は大量に手に入れた木材により収益が支出を上回って栄える事となった。

 先々代の領主はこの森に対してかなりの危機感を覚えていたらしく、とにかく勢力を削ぎ落す事に力を入れたようだ。 稼いだ金の大半は伐採につぎ込み、根絶やしにするべきと事ある毎に主張していた。

 ここまでが先々代の話。 死後、その息子が領主を継ぎ、方針が変わる事となった。

 先代は先々代と違い、森に関してはそこまでの危機感を抱いておらず、効率よく金に換える手段として考えていたようだ。 

 森の地下に広がる空間を「迷宮」として広め、冒険者の誘致を行った。 自前で人を雇うから人件費がかさむので、餌を用意して他所の人間に攻略させようと目論んだのだ。

 最初の踏破者には名誉と報酬が与えられると吹いて、とにかく報酬を分かり易く盛りに盛って人を集める。

 これは話をした衛兵の私見だったが、先代は迷宮の攻略は現実的じゃないレベルで困難だと考えている節があるようでとにかく踏破すれば人生の成功者としての生活が約束される。

 多額の報酬にライトラップかストラタに屋敷を建てて生きている限り税収の一部を与えるとまで言っていた。 これに関しては胡散臭かったので後で裏取りをしたのだが、驚くべき事に事実だった。

 借金に塗れ、死ぬしかない状態の奴でも一発逆転できる夢に満ちた甘い餌だ。 領主が二回も変わる程の年月をかけて踏破者ゼロの難所をそう簡単に突破できる訳がない。

 それを理解していても報酬の大きさに目が眩んで参加する奴は後を絶たないようだ。 衛兵も毎回五十から百ぐらいの大人数が列を成して迷宮に呑み込まれ――数日後、一割から三割ぐらいの人数になって帰って来る。

 先代領主の方針は領を発展させる事に関してなら大成功といえる。 迷宮踏破で一攫千金を狙った冒険者の流入でライトラップは規模を増し、迷宮都市として大きく栄えた。

 勝手に来る人間がいくら死んだとしても潜るのは自己責任でディロード領は責任を持つ必要はない。 こうして英雄になれると甘い餌をばら撒いてタダで内部の調査を行う為の人材を確保し、人の流れも作れると。

 以上が先代までの領主の仕事となる。 お陰でディロード領は危機から一転、大きな収入源を確保し周囲から一目置かれるほどの規模を手に入れた。

 さて、先代、先々代と話が出たが、今代の領主は何をやっているのか? 答えを先に行ってしまうとライトラップに関しては現状の維持のみを行っており、大きく手を入れるような真似はしていない。

 力を入れたのはストラタ――つまりは闘技場の方だな。 この辺りは話を聞いた上での私見が混ざっているので正確ではないが、収入源を迷宮一本に絞るのを危険と判断して別の柱を手に入れようとしたのだろう。

 実際、パトリックの記憶を見る限りでも領主が闘技場運営にかなりの力を入れている事は明らかだ。 隣の領にある奴隷市場の上客になる事で関係強化を図り、北側のメドリームからも金持ちを引っ張り込む。

 規模だけで言うのなら交易の要衝であるメドリームには劣るが、北方では上位に位置する領としての立ち位置を獲得している。

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