Chapter41 設立者
俺の頭はこんがらがっていた。意味が分からない。
確かに、ビオスコープは、審議会の息のかかった地下組織だった。その取りまとめを行っているボスがいることも分かっていた。
だが、俺はついぞ会うことはなかった——会おうとしていたにも関わらず。だから俺は、このボスは形だけで、映画製作には何一つ手を貸すつもりはないのだろうと思っていた。
そう、いわゆるお飾りってやつだ。
それが何だ? 今さら御目通しが叶うってわけか? どういうつもりなんだ、一体。
リイと二人でタクシーに乗り込み、俺は窓の外を眺めながら、逡巡する。助手席に座るリイはドライバーに指示を出している。右、左、まっすぐと、そんな単語が漏れ聞こえてくる。行先をハッキリと明示する気はないらしい。
上の方に目をやると、街灯の落とす光の帯が後方へと流れていく。赤やオレンジ、白や黄色、青や緑の様々な色が混然一体となって、濁流のごとき光線を窓に映し出していく。
そしてそのうちに、タクシーは停まった。昼間と見紛うほどに明るく、大きなゲートの前だった。
俺は目をすがめて、それをジッと見て、やがて気が付いた。
ドアを開けて、外に出る。
ゲートの先には、煌々と闇夜を照らし、天まで聳える建物があった。
白の塔である。
「ここは……賭博特区じゃないか」
俺は呟いた。
「そうです。ボスはこの先にいます」
「……マジか。そりゃあ身分が高いだろうとは思っていたが……」
「ここは治外法権ですから、取り締まりの手は及びません。さあ、こちらです」
ゲートを通るには、ステータスの認証をクリアする必要がある。自動扉の前まで行き、俺はリイに言った。
「ねえ、俺はここには入れないよ。そんな身分じゃあない」
リイはポケットから透明なカードを取り出して、俺に渡す。
「これを認証機にかざしてください。使い捨てのステータスキーです」
カードは本当に透明で何も書かれていなかった。
扉の向こうに控えるガタイのいい警備員が、不審な目でこちらを見ている。
俺は若干の不安を覚えたが、ここまで来たらもう破れかぶれだ。俺は自動扉の前の認証機にカードを掲げる。ピッという音と同時に、扉は開いた。警備員たちは何も言わず、俺たちを通した。
賭博特区内は、光に溢れていた。そこでは夜が殺されていた。
五感を刺激するあらゆる色、音、香りが、そこら中を満たしていた。
超有名ブランドのアパレルにブティック、高級食材を中心にした健康志向のレストラン、メニューが数百はくだらないカクテルバー、そういった店、店、店。そして城のように鎮座する巨大なカジノ。
外国人が圧倒的に多い。この国の人間を見ることはほとんどなく、またこの国の言葉もほとんど聞かれない。人々はきっと眠らないだろう。
——混沌とした世界。
人混みの中をかき分けて、俺は迷子にならないよう、必死にリイについていく。そして建物と建物の間の路地裏に入り、突き当りにある一枚のドアの前に立った。
俺が何かを言う前にリイはそのドアに手をかざした。ガチャリと、音が鳴る。生体認証キーだった。ドアを開けて、俺たちは中へ入った。
小さな土間の先に、またドアがあった。しかし、今度のドアはエレベーターの扉だった。小さな電灯に照らされて玉虫色に光るエレベーター。目を奪われる。乗り込むと、一つ、大きな機械音が響き、箱が動き出す。
エレベーターは上昇しているようだった。この建物に上の階層が果たしてあっただろうか? この建物に入る前の様子を思い描こうとしたが、思い出せない。せいぜい二階建てだった気もするが、分からない。
扉脇のコンソールには、階数の表示がなかった。上と下、その二つのボタンがあるだけだ。
「どこに向かってるんだ、一体?」
俺はリイに尋ねる。彼は俺に振り向いた。
「最初に言った通りです。この先で、ボスが待っています」
俺はそれ以上、何も聞かなかった。
数十秒の後、鈍い金属音と共に、エレベーターは停止した。ドアが開く。目の前に薄暗い廊下が続いている。天井にぶら下がった傘ランプが、点々と大理石の黒い廊下を照らしている。光、影、光、影。前を追うリイの背中が、見えては消えてを繰り返す。
そして、高さ数メートルの赤い観音扉の前に辿り着く。リイは振り返って言う。
「ここからは、イチカワさんが先に進んでください」
リイは一歩身を引いて、扉の前に俺を立たせた。
俺は身を固くする。
なるようになれ、そう勢いに任せて、扉を押す。
重たい戸は音もなく、するすると開いていく。
真っ暗な深淵が眼前に広がる。俺は一瞬、躊躇する。その部屋の大きさが、闇に紛れて分からない。次いで、その部屋の中央に、スポットライトが一つ点灯した。
誰かが座っていた。艶めく革張りの回転椅子。そこに誰かがいる。
中に踏み込むか迷っていると、俺の足下に、丸いスポットライトが当たった。意を決し、その光に導かれるように、俺は部屋へと入っていく。後ろで扉が閉まる気配がした。
闇の中で、二つのスポットライトが徐々に距離を詰めていく。
男まであとわずか数メートルの距離で、俺を導く丸い光が止まり、俺は足を止めた。
「正直、君には失望したよ」
向かいに座る椅子の男が顔を上げて、言った。聞いたことのある声、そして見たことのある顔。
それは、チャーリーだった。
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