Chapter39 告白

「正直に言って、全く信じられません」

 彼女がようやく口を開いた。

「……そう思うよ、俺も君の立場だったら」

「アキラが停止している? 確かにここ数カ月の間に新作は封切られていませんが、それでも小説や漫画、それにドラマだって出ていたでしょう?」

「アキラが停止する前に作った、作品のストックだよ」

「そうですか……で? もしも本当に止まっていたとして、アキラに代わる作品を作るためにあなたがやってきたって言うんですか? ビオスコープに?」

「……そうだ」

「何でビオスコープなんですか? 私たちはあなたが来るまでは、映画を作っていなかったんですよ」

「あそこは、その……意図的に政府が作った地下組織なんだよ」

「意図的?」

「あそこのボス、オスカーだっけ? 彼は政府の人間で、この計画のためにメンバーを集めていたんだ」

「嘘でしょう?」

「いや、本当だろう。事実、どういうわけかビオスコープには優秀な人材が多く揃っていたじゃないか? ボーマンにしてもテリーにしても、君にしても、だ。正直、出来過ぎなくらいだ」

 彼女の顔が鼻白む。

「……それじゃあ、あなたが来た理由は? 何であなただったんですか?」

「映画製作の現場で、ある程度アキラに近しい作品にするようにコントロールが出来るから……」

 彼女は、意味が分からない、という顔をした。

 俺は、情報端末を取り出して、検索をかけた。目的のページを開き、彼女に画面を見せる。

 記事を読んで、彼女は俺の顔をまじまじと見た。

「あなた、あの試験を作った人だったの?」

 嫌悪を含んだ語調。それからため息をつく。

「知らなかった……むしろ何で気づかなかったんだろう……私、あなたがビオスコープに入って、バカみたいに喜んで……」

「正直、君がいたことは想定外だった」

「そうでしょうね。情報局勤めでアキラ以前の映画が好きな人なんか、いるわけがないから……」

 彼女は俺を睨む。

「結局、あなたは映画なんか全く好きでもないし、みんなを映画製作に焚きつけたのも、ただの仕事だったってわけですか?」

「……初めは」

「初めは?」

「初めは、映画なんざ好きでもなんでもなかった。観たこともなかったから……。仕事で適性があった。ただそれだけで取り締まっていた。そして審議会の依頼を受け、言われるがままに君たちに接近した」俺は自分の声が震えているのに気が付く。「本当に申し訳なく思っている」

「申し訳ない? どの口が言っているんですか?」

「言える立場じゃないのはよく分かっている。だが、それでも言わせてくれ。君らと過ごして、俺の考えも変わった。映画は、人が作った映画は完璧じゃないかもしれない。でも、それでもいい映画はあった。それに映画製作も……その、良いと思ってしまったんだ」

「ふざけないでください!」

 激しい怒気。俺は黙り込んでしまう。

「私は……映画が好きな人が増えて、嬉しかったんですよ」

「分かってる。本当に済まなかった」

「……今さらそんな告白をされたって、受け入れられないですよ」

「すまない……だが、俺は君たちを守りたくて……」

「守りたい?」

「そうだ……このまま映画が完成すれば、作品は国に取り上げられる。そして君たちは葬られる」

「あなたが撒いた種のせいでね」

「だから贖罪をさせてくれ。せめてものお願いだ」

 俺は懇願した。俺に出来ることはこれだけだった。

「……聞きましょう。一体どうやって私たちを助けてくれるんですか? もうすでに私たちビオスコープは、審議会にマークされているんでしょう?」

「……映画製作を止めるしかない」

 彼女は何も言わない。冷めた目で俺を見下ろしている。

「俺の手元には、審議会からもらった金がまだ残っている。映画製作を止めて、その金でみんなを遠くに逃がそうと思う。審議会が俺の動きに気付いていない今が、チャンスなんだ。君たちを助けるにはそれしかないと思う……」

 ワダさんは、小さく息を吐き出した。それから呆れたようにわずかに肩をすくめた。

「あなたは勘違いをしています」

「勘違い?」

「ええ、大きな勘違いです。あなたが焚きつけたせいで、私たちはついに映画製作に乗り出したんです。いいですか、これは私たちがこれまでなし得なかった偉大な事なんです。それを今さら、止めろって言うんですか? バカにするのも大概にしてください」

「でも、このまま映画製作を続けても、待っているのは、その……破滅だけだ」

「結構ですよ。破滅でも何でも。私たちは、最初の最初から、それにホリーの死の後だってね、腹を括って映画を作っているんです。それを何ですか? あなたが始めた事業でしょう? 取り締まりが何だっていうんですか? 私たちを舐めないでください。私はやめませんよ、演じることを。映画は絶対に完成させます」

 彼女はハッキリと言い切った。

「……しかし」

「しかし、じゃありません。映画は、制作に関わった全ての人のものなんです。あなた一人で制作中止の決定なんか、絶対にさせません。そんな横暴は許しません」

 俺は何も言えない。

「いいですか? 明日のビオスコープの会合で、全てを話してください。それからです。私たちが先に進むか止まるかを決めるのは。私たちビオスコープは、誰かのものじゃないんです。創作は、誰かがやめさせていいものなんかじゃないんです」

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