Chapter35 裁定

 俺は顔を上げた。

 何か言い返したかったが、すぐには言葉が出なかった。

 このまま黙っていた方が得策だ——そういう警報が頭の中で響き渡った。だが、俺は言ってしまった。

「……彼らは映画の公開はしないんですよ? 制作だけです。それでも摘発は避けられないでしょうか?」

 議長は、驚いたような顔で俺をまじまじと見て、それから噴き出した。

「はは、君、おかしいよ。それはおかしい。頭がおかしくなってしまったんじゃないか? その地下組織とやらの作った作品は、アキラの作品として世に出るんだよ? そのことを彼らに知られるわけにはいかないじゃないか」

「……では、彼らの処遇はどうなるんです?」


「逮捕だけじゃあ済まないだろうね。人の手で作った映画が世の中に流れているなんてことは、絶対にバレてはならないからね」


 俺の口の中が砂漠のように渇く。

「それは、どういう……」


「単純な話じゃないか。彼らは歴史から抹消する。記録は全て一切合切を残させない」


 どこかで気が付いてはいた。だが俺は、それを出来るだけ見ないようにしてきたのだ。そしてついにそれは、間近に、現実のものとして、ハッキリと迫ってきていた。


 彼らを消す。この世界から。微塵の跡形もなく。


 どうしたことか、ここにきて俺は、彼らを守りたいと思ってしまった。身勝手だってことは分かっている。だが俺は、どうしても抵抗したかった。


「……ロガン議長、どうでしょう? 一つ提案なんですが……」

「何だね?」

「彼らは、有能です。実際にアキラの映画と遜色ないものを作っています」

「……それで?」

「もしよければ、これからも彼らを使ってみてはいかがでしょうか? もちろんアキラの機能が停止したことを秘密にさせなくてはなりませんが……」


 数秒の沈黙。そして審議会室に、笑い声が溢れた。皆が俺を笑っている。モンローの複写生命までもが腹を抱えて笑っている。脳内の血が、羞恥で一気に熱くなる。いたたまれない。

 しかし、俺は続けた。


「このままアキラが機能を停止していれば、この国も困るでしょう? そうなれば……」

「バカも休み休み言いたまえ。君は優秀な職員だと聞いていたが、いやはや一体どうしたことか……」議長は、引き笑いを抑えながら言う。「何で、その地下組織に頼る必要があるんだね?」

「……その、彼らは使える人材だと……」

「分かってない。何も分かってないよ、イチカワ取締官。彼らの代わりになる者なんざ、いくらでもいるじゃないか? この国に地下組織が何個あると思っているんだ」


 蔑んだ多くの目が——マリリン・モンローですら——俺を、見下していた。

 俺は、挫けそうになった。ダメになりそうだった。……謝ってしまおう。そしてこの話は無かったことにするんだ。そうすればここから逃げ出せる。そう思って、俺は口を開こうとした。


「もしも口を挟んでよろしければ……」

 突然の声。

 突如現れた台詞。

 俺は驚いて、声の方を向く。

 後ろに立つブルース・リーだった。

「……パイプ役が、一体何の権限で発言しているんだ?」

 議長の声が冷たく、固く、響く。しかし、

「今この国にある地下組織は」リイは遠慮なく続ける。「確認出来ているだけで、全部で二十七ありますが、そのうち、実際に作品を作れるだけの条件が揃っているのは六つです」

「おい、誰の許可で発言しているんだ?」

「さらにその中で、我々の息のかかっている組織は、たったの三つです。つまり——」

 机を叩く、大きな鈍い音がした。

 議長の拳が机に叩き下ろされていた。

 リイはようやく発言を止めた。

「それが何なんだ?」

「……今利用している組織を壊滅させた後に残るのは、二つだけです。これは単純な引き算です。そして、アキラがいつ復旧するか分からない以上、代わりの映画が作れる組織を出来るだけ多く手元に残しておくことには、極めて意義があります」

 議長は、リイを睨みつけて、それからふっと息を吐いた。

「だから彼らを生かしておけと言うのか? お人形のお前がアキラの心配をするのか? だが、そんな心配は要らない。すでに我々は、問題の解決に手を掛けている」

 問題の解決……? 俺は議長を見つめた。

 議長は小さく笑みを浮かべ、そして言った。


「我々はすでにアキラ二号機の開発に着手し、完成の目途が立っている」


 * * *


 審議会室を出て、エレベーターに乗り込む。ドアが閉まるまで、俺たちは無言だった。箱がゆっくりと降りていく。


 事態の把握が、全く追い付かなかった。

 委員会の構成員が全員、入れ替わっていたこと。

 ビオスコープがこの世から消されるだろうこと。

 そして、アキラ二号機の存在。

 仕舞いには、こいつだ——俺はリイを見た。

「君は……何であの時口を出したんだ?」

 リイは、いつもの爽やかな笑顔で答える。

「ダメでしたか?」

「別にダメとかではないけど……君は、政府の側にいるんだろう? なのに、あんな風に審議会に反するような物言いをしたから、驚いてるんだよ」

「私は別に、政府の側とか、そういうわけではありませんよ」

「……君にも心があるのか?」

 彼は俺の顔をジッと見つめる。ホンの一瞬であったが、それでも俺は、彼が何かを思考しているように感じた。

「イチカワさんのいう心というものが何を指すのかは分かりません。私は、前にもお話しした通り、ブルース・リーの遺伝子情報や過去の記録に基づき復元されたものに過ぎません。私がもし、私の中で何かを考えたように見えたのであれば、それはただ単に外界からの刺激に反応したに過ぎません」

「外界からの刺激……」

「そうです。外界からの反応。そして、あの場では、そう、イチカワさん、それはあなただったと言えます」

 思いもしない発言が飛び出して、俺は虚を突かれた。俺は何も答えずに、開いたエレベーターを降りて、黙々と駅へと向かっていった。


 つまるところ、何だ? リイは俺を真似たっていうのか? この俺が審議会に楯突いた、そういうことを言いたかったのか?

 ふざけるな。俺は、別に楯突いたつもりはない……。

 だが、俺は、そうは言っても、腹が立っていた。

 一体、何に? 分からない。

 しかし、分かっていることもある。議長のあの口ぶりだ。それは絶対に間違いない。


 そう。映画が完成したあかつきに、俺は消されることだろう。

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