Chapter28 プレゼント

 それからは、飲めや食えやの大宴会だった。ビンゴで俺は、マチルダからサメの立体パズルを貰い、ワダさんはシュピルマンの用意した猫の写真集を当てていた。俺たちは、デロリスがやる映画の名シーンのモノマネに爆笑し、チャーリーが説明する映画の解説に頷いていた。

 その騒ぎっぷりは、警察でも来やしないかと心配になるほどだった。もちろんそれは杞憂でしかなかったが。


「ところで、ボーマン監督! 映画の結末はどうするんだい?」

 大声がバーのフロアに響き渡る。

 全員がしゃべるのを止めて、声の主を振り返る。

 テリーだった。

 ボーマンはすでに仕事をお開きにして、テーブルについていた。彼はウォッカの入ったグラスを手に、ゆっくりと立ち上がった。

「未だ決まってない結末について」

 とボーマン。

 俺は、彼がホリーの案を取った場合にすぐさま反対意見を言えるよう、腰を浮かせた。

 だが、彼は言った。

「どうだろう、二種類の結末を撮ってみては?」

 思ってもみない発言だった。

 メンバーたちの間に小さなざわめきが起こる。

 ボーマンは続けた。

「どうせ私たちは愛好の同士なのだから、どっちの結末が良いだとか、そういったことで揉めるのはあんまりよろしくないと思うんだ。だから、皆が面倒だとか嫌だとか、そういうことがないのであれば、是非二種類、ホリーの結末と、ロンの結末、両方撮ってしまおうじゃないか」

 俺は、周りを一瞥し、瞬時に察した。ビオスコープの面々はこの申し出に浮足立っている。きっと誰も反対しないだろう。

 俺は頭の中で計算する。問題はスケジュール感だ。両方撮るのは構わない。アキラに献上する際に、俺の考えた結末の方を出せばいい。ぎりぎり間に合うだろうと俺は判断する。

 誰かが拍手をし、皆もそれに続いた。賛成の意が広がる。

「ホリー、ロン、どうだい? 結末が分かれる部分からは、君たちが主導で撮っていくっていうのは?」

 俺は立ち上がった。

「僕は全く構わないです。むしろ、それが一番いいと思います。でも監督は、ボーマン、あなたが続けてくれませんか?」

「ああ、もちろん。ホリーもそれで構わないかね?」

 俺は辺りを見回す。今日はホリーと口を聞いていなかった。彼は、フロアの隅のテーブルにいた。そして立ち上がって、言った。

「はい。それでお願いします」

 固い口調だった。

「結末が複数あるなんて、『バタフライ・エフェクト』みたいじゃないか! 最高だぜ、これは!」

 テリーが大声で言った。

「俺は、ホリー、お前の結末を支持するぜ!」

「ふざけるな、テリー! お前、俺の案でいいって言ってたじゃないか!」

 俺は、テリーを指差して叫んだ。

 そして笑い声が湧き、場の盛り上がりは最高潮に達した。


 ビオスコープに生じていた僅かな分断の気配は、ボーマンのアイディアで消え去った。

 俺たちは、どっちの結末でも最高の映画にしようと、お互いにお互いを讃えあった。どちらでもきっと良かったんだろうと俺は思う。多分、どちらかが正解なんてことも、間違いなんてこともないのだろう。


 深夜を回る頃、パーティーはお開きになった。

 俺は帰り支度をしてる途中、遠巻きにホリーに見つめられていることに気が付いた。その眼差しは黒い影を帯びていたが、それでいて強い野心も抱いているようだった。

 俺はフロアを横切って、彼に近づいた。

「良かったな、ホリー。それぞれの結末が撮れることになって」

「ええ。僕の結末も決して悪くはないはずです」

 彼は俺に手を差し出す。

 俺は握手を返した。

「ナマイキ言うな」

「反抗は若者の特権です」

「俺だってまだ三十代だよ。年寄りじゃあない」

「失礼しました」

 そう言って、ホリーは微笑んだ。妙に弱々しい笑みだった。

「そうだった。君に渡すものがあったんだ」

 俺はふと気が付いたように、コートの胸ポケットから小包を取り出した。三ツ矢模様のデパートの包装紙が巻かれている。俺はそれをホリーに渡す。

「君、欲しがっていただろう?」

 ホリーは少し戸惑った様子だった。

「……開けていいですか?」

「もちろん」

 ホリーは包みを開けた。木製のケースに収まった腕時計が入っていた。銀縁の丸時計に深緑色の革ベルトが付いたものだった。

「これ……前に話した時の……」

「ああ、まあ同じブランドの一番安いやつだけどな。君、ずっと俺の時計を気にしてただろう。デザイン、嫌いじゃなければいいんだけど」

 ホリーは呆けたような顔で時計をまじまじと見て、それから俺を見上げた。

「すごい、嬉しいです」

「でしょう? ロンさんにも良いところがあるんですよ」

 ワダさんが後ろから俺に飛びついてきた。酔っ払っているようだ。

「それ選んでて遅刻したんですから、私たち」

「その件はもう謝っただろう?」

「私にもなんか買ってほしいなー」

「君は今度な」

「本当ですか? 嬉しいなあ!」

 彼女がこんなに酔っ払っているのも珍しい。

 俺は彼女を脇に押しのけて、黙り込んでいるホリーを見る。

「大丈夫か?」

「いや、その……プレゼントなんか貰ったことなかったから……」

 俺もワダさんも、一瞬間、返答に詰まった。

「ビンゴの景品ももらっただろう?」と俺。

「ビンゴは、ベヱベヱチョコの百本入りパックでした」

「ああ、アレか……誰よ、そんなプレゼント買ってきた人」とワダさん。

「津島さんだよ」

「意外とセンスないんだなあ……」

「でも、本当にありがとうございます」

 ホリーは深く頭を下げた。

「どうってこたあない」

 俺は明るく答えた。

「どうってこたあない。彼、金持ちですから」

 ワダさんも復唱して、それから三人で笑った。

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