Chapter27 試写会

 午後七時を少し過ぎたころ、俺らはビオスコープに着いた。


「ごめんな。少し遅刻しちゃって」

 俺はワダさんに謝る。 

「大丈夫ですよ、ロンさん」

 素早い変わり身だった。彼女はすでに役に入り込んでいて、キャシーになっていた。

 俺も気を引き締めなければいけない。今日は大事な仕事がある。

 そしてドアを開けて、中へと入った。


 フロアは、大盛況だった。そこら中が人でごった返していた。恐らく、ビオスコープ所属のメンバーは全員、もれなく集まっているのだろう。そこら中に食べ物や酒の匂い、そして笑い声が溢れていた。

 俺は、そんな様子を見て、皮肉な笑みをこぼす。

「どいつもこいつも、ここ以外に居場所がないのかよ」

「それ、自分にも刺さってますよ」

「いや、でも、クリスマスだぜ? 家で家族と過ごしたっていいはずだろう」

「……まあ、確かに……でも」と彼女は言葉を切る。

「でも? 何?」

 彼女は俺を見上げる。

「もしかしたら、夫婦や友達同士で来ている人たちもいるかもしれないなって……」

 俺は、フロアを見渡した。ホリーがマチルダに服を脱がされそうになっている。デロリスがしかめ面の津島の肩を叩いている。

「そりゃあ、そういうこともあるかもしれないな。俺たちは皆、素性を隠しているんだから……」

 その時、俺は、ここのメンバーのことなんかほとんど何も知らないんだと改めて気が付いた。一緒に映画を作り始めて、すでに半年近くが経っているにも関わらず、だ。

「何だか少し寂しいですよね」

「何が?」

「こんな風にコソコソ隠れてなくちゃいけないことが、ですよ」

「……そうだな」


 俺は、彼女をカウンターへと誘った。彼女の好きなモモのモヒートをボーマンに注文する。ボーマンはいつにも増して大変そうだった。彼は、マスターとしても、監督としても、本当によくここのメンバーたちに尽くしていた。そこに偉そうな素振りは微塵もなかった。

「遅刻とはいただけないね」

 シェイカーを振りながら、ボーマンが言う。

 俺は手に持った小包を見せる。

「プレゼントを買ってたんですよ。あなたが絶対に持って来いって言うから」

「おお。いいねえ。クリスマスにはビンゴがよく似合う」

 彼はワダさんの前にグラスを置いた。

「君は?」

「じゃあ、ビールで」

 ボーマンはカウンターの下にある小型の冷蔵庫からビール瓶を取り出す。

「でも、今日はビンゴ以外にもお楽しみがあるからね」

「お楽しみ?」

 ボーマンは何も言わず、ニコニコするだけだ。俺とワダさんは顔を見合わせる。だが、すぐにその答えは分かった。

 それは映画の上映会だった。

 かかるのは、俺たちが今まさに作っている映画である。もちろん、完成はしていない。編集の手が加えられ、途中まで仕上げてあるものだった。


 その時が来て、フロアは暗くなり、俺たちは全員パイプ椅子に座った。

 毎度の如く、スクリーンを立てた小舞台の上で、ボーマンが口火を切った。

「紳士淑女諸君、ようこそいらっしゃいました。本日お目にかけるのは、我々が現在取り掛かっている『カノヱヲ・イザトラム』。これまで撮った分をね、ある程度形にしました。編集の芹沢君と音楽担当のグレンさんが、そりゃあもう大層頑張ってくれました」

 名前を言われた二人は立ち上がり、お辞儀をした。

 芹沢は、いつも満面の笑みを称えた大柄な男で、まるでハンプティ・ダンプティのようだった。だが、彼の手に掛かれば、曇り空は快晴に、昼間は夜へと変わり、映像はあらゆるテンポのビートを刻むことが出来た。

 グレンは度の強い眼鏡と顎髭が印象的な老人で、みんなからは教授と呼ばれていた。いつも手には小さな鍵盤を持っていて、思いついた音楽はすぐにその場で形となった。

 編集と音楽は、必ずしも現場にいる必要はなかった。だが、二人は共に、時間があれば常に現場に顔を出していた。

 皆が、二人に拍手をする。

「もちろん、この作品に関わった全ての方のおかげで、ここまで来ることが出来ました。私から皆さんに拍手を送ります」

 ボーマンが手を叩き、小さな笑いが起こる。

 「ま、挨拶はこのくらいにして、さっそく流しましょう。ここで流す分には、取締官も気づかないでしょうから」


 そして、上映開始。

 俺は身体を固くして、一時間二十分の映像を見守った。

 それは……まさしく映画であった。

 一つの物語が紡ぎ出されていた。

 恐ろしく不可思議な体験だった。

 アキラのクオリティに追い付いているかどうか、そんな技術的な面は、気にもしなかった。

 俺は、没入していた。

 周りにいる、さして知りもしない人間が作った物語に––––。

 ビオスコープのメンバーたちが作った物語に––––。

 

 プツリという音と共に画面が暗くなり、映画は終了した。


 全員が立ち上がって、拍手を送った。誰が誰に送ったものでもなかった。

 皆が自分たちに送った、そういう拍手だった。

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