Chapter23 脚本家
元々アキラが書いた脚本は、中世を舞台にした、劇作家志望の男の子とワガママなお姫様のラブロマンスだった。
今回ビオスコープでは、設定を現代に移し、脚本を練り直した。
もちろん俺は都度都度、ヘーゲル=カルノサイクル試験やハスミ機関を通して、アキラの作品に合致するかどうか確認してきた。そして適合率が規定の八十五パーセントを下回っていた場合は、ボーマンや津雲に都合のいい理屈を並べて、脚本を変えていくように誘導していった。
結果、おおよその脚本は、俺の要望を満たすものになった。
* * *
主人公は、三流芸能誌に記事を書いているフリーのライターで、名前を
ある日、出版社で打ち合わせをしている時、彼は、新進気鋭の俳優・姫野めぐりと同級生だと、うっかり口にしてしまう。編集長は、清純なイメージで売り出している彼女について、なにかゴシップを書けないかと宇田神に持ち掛ける。
確かにない事もない。中学高校時代の彼女の噂も聞いている。だが、あまり悪くも書きたくない。
しかし、劇団の経営は火の車だった。どうしてもお金が必要だった。宇田神は仕方なく彼女の過去を記事にした。
そしてその記事は、想像以上に世間の話題を呼んでしまう。
記事を読んだ姫野は、文句を言いに編集部へと乗り込んでくる。しかし、彼女は宇田神のことを覚えていなかった。一方で、彼女が、テレビのインタビューで答えたところによれば、彼女が俳優を志したキッカケは、小学校時代の演劇会だったという。
そう、まさしく、この演劇会の脚本を書いたのが、当時同じクラスだった宇田神だったのである。
宇田神は、自分のことを忘れて、映画界で燦然と輝く彼女を疎ましく思った。だが、その実、応援したい気持ちもあった。そして自身も脚本一本で身を立てたいと強く願った。
そのうちに、彼がペンネームで書いた脚本が賞レースを勝ち抜いて、映画化することが決まった。そして、そんな事情を知らぬまま、オーディションを通過し、主演に抜擢される姫野。彼女は脚本を読み通して、ふとある違和感を抱くようになる。
その違和感の正体は、法事で帰った故郷で、突如ハッキリとした。彼女が演劇を始めるキッカケになった小学校のお遊戯会。今回の映画の筋書きは、その物語に酷似しているのだ。
彼女は脚本家の名前を確認する。ペンネーム。そのアナグラムを解いていく。ああ、これは小学校時代、宇宙人とあだ名されていた宇田神宙なのだと、彼女はついに理解した。
彼女が東京に戻ると、マネージャーから、今回の映画は制作会社創立100周年記念作品として、大体的に売り出すことを聞く。そして、そのPRの一環として、主演俳優の
宇田神もまた、自身のクレジットが勝手に消されたことに気が付き、映画制作会社に出向いた。だが、文句を言おうにも、宇田神の脚本を買ってくれたプロデューサーは謎の失踪を遂げていた。彼の受賞を祝ってくれた劇団員たちとも、突然連絡がつかなくなる。そして、パソコンに保存された脚本のデータも消えてしまう。不思議なことに、世界からは、彼がこの映画の脚本家であるという証拠が全て、どこかに行ってしまったのである。
だが、姫野だけは、宇田神がこの脚本を書いた当の本人だと理解していた。何故だかは分からない。しかし、それでも彼女にだけは、その確信があった。
地球に来た宇宙人が、素性を隠して現地人と映画を作る物語。
そんな荒唐無稽な、無垢な児童の夢が、十七年の時を経て、社会現象を生み出す映画の骨子となったのである。
姫野と宇田神の間に、かつてのわだかまりはすでにない。
姫野は宇田神に提案した。
「私なら、記者会見の時に……いや、国際映画祭の上映の際でも構わない。あなたが本当の脚本家だと伝えることが出来る」
宇田神は答える。
「でも、そんなことをしたら、これからの君のキャリアがダメになる。それは僕には耐えられない」
姫野はさらに言う。
「この世界に伝えなくてはいけない。あなたが本当に伝えたいことを、あなたの声で。あなたがここにいたことを」
そして、二人は決断をして、その日を迎えるのである。
* * *
問題は、その決断だった。
俺は——というよりもアキラは——ラストの決断を、ハッキリさせなかった。
つまり、姫野は国際映画祭の記者会見上で、本当の作者の存在をわずかに匂わせて終わるのだ。劇中劇が素性を隠した宇宙人のコメディであったこともあり、世界は、このほのめかしをユニークなジョークとして報道した。宇田神はそんなニュースを尻目に、自分の手で再び劇団を立ち上げて、新しいステージへと踏み出した。そしていつの日か、真実が日の目を見ることが予見される、そんなシーンで物語は終わるのである。
この終幕は、悪く言えば、個人の成果や業績を端に追いやる形になっていた。
俺はどうにかして、この結末が適切な落としどころなのだと、ビオスコープの面々を説得して回った。あまり露骨な描写はしないほうがスマートなんじゃないかと。
そして、この幕引きで、適合率は八十五パーセントぎりぎりだった。ここが俺の限界だった。だから、この方針で制作を進めたかった。
しかし、この結末に強く異を唱えた者がいた。
ホリーである。
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