Chapter22 演技
雑居ビル 昼
マンスリーカントリーの閑散とした編集部。
姫野が、編集者の一人に詰め寄っている。
姫野
「だからさ、この記事書いた記者に文句を言いに来たんだけど、いないんですか?」
編集者1
「今まだ八時前ですよ? 出勤なんかしてないですよ」
マネージャー
「姫野ちゃん、もう帰ろうよ。ダメだって、こんなことしたら。また変な記事、書かれちゃうよ?」
姫野
「マネージャーは黙ってて」
宇田神、フロアに現れる。
編集者1
「宇田神さん、よかったー、あんたが出勤早い人で」
宇田神
「ああ、おはようございます。どうかしました?」
宇田神、姫野たちを見る。
編集者1
「それがさあ、宇田神さんがこの前書いた記事の件でさぁ……」
姫野
「あなたがこの記事書いた記者の方?」
姫野、手に持った雑誌を宇田神の目の前に突き出す。
宇田神、雑誌と姫野を交互に見る。
宇田神
「ああ、そうですね。僕が書きましたけど」
姫野
「すごく困ってるんですけど。私のデビュー前の素行なんか、記事にしないでくれませんか? 訴えますよ」
宇田神
「何だ、あなた、姫野めぐりじゃないですか」
姫野
「何その言い方。むかつく」
宇田神、姫野を避けて、自分のデスクの方へ向かう。
後ろをついていく姫野。
姫野
「逃げないでください。マジで訴えますよ?」
宇田神、自分のデスクでカバンを下ろして、ノートパソコンやらを取り出す。
宇田神
「訴えるって……そんなこと、ホントに出来ますか? だってあなたが飲酒やたばこをやってたのは事実じゃないですか?」
姫野
「これのせいですっごい困ってるんですけど」
宇田神
「そんなこと知りませんよ、あなたの問題でしょう?」
姫野
「ホントにむかつく。キッカさんが言ってた通りだ。ゴシップ紙のライターはクズばっかりだって」
宇田神
「聞き捨てならないですね、そういう物言いは。こっちだって仕事で書いているんですから」
姫野
「クソみたいな仕事ね。他人を食い物にして金儲けするなんて」
宇田神
「いい加減にしてくれませんか? こっちも本当に怒りますよ?」
マネージャー、姫野の腕を引っ張る。
マネージャー
「ほら、行くよ、姫野さん。もうこれ以上は駄目だって!」
姫野、マネージャーに引っ張られながら、宇田神に言う。
姫野
「でも、いいわ。あんたの記事なんかで私のキャリアは潰されないから。絶対にこんな記事になんか潰されるもんですか!」
* * *
説明は難しい。
だが、正直に言わせてもらおう。
俺は、ワダさんたちが演じているのを見て、まるで本当の世界の出来事のような、どこかで実際に起きているような、そんな一端をそこに見出したのである。
分かっている。自分が書いた脚本は——いや、正確にはアキラがこさえた骨子を粉飾しただけだが——ただの造り物に過ぎない。現実の模造品に過ぎない。文字の、文章の、ただの羅列だ。
しかし、どうだろう……ワダさんのあの怒った口調、№∞の面倒くさそうな態度、どれも現実のことのように思えた。
「すごいですね!」
カットの声でカメラが止まると、ホリーが歓声を上げた。俺は無言で頷く。
「でも、どうしてこのシーンからなんでしょう?」
ホリーが疑問を口にする。
「うまいよな、うめえんだよな、そういうのがさ、あの男は」
俺は後ろを振り返った。棚にもたれかかったチャーリーがいた。酒場の入り口で飲んだくれていた、あの男だ。
彼は体を起こし、ビールの小瓶を片手に、俺らに近づいてきた。赤ら顔に嬉しそうな笑みを満面に讃えている。
「今日も飲んでるんですか? 大丈夫ですか?」と俺。
「大丈夫って?」
「いや、あなただって結構な歳でしょう? 体を気遣った方がいいですよ。それに今日はクランクインですよ? 大事な日なんですし……」
「はは。何言ってんだ、あんた。映画のクランクインだからこそ、じゃないか。バカだね、こりゃあ」
そう言って、笑い声を上げる。
「何がうまいんですか?」
ホリーが尋ねる。
「いやあ、映画ってのはさ、必ずしも順番に撮るわけじゃねえんだ。当たり前だが、効率を考えたら、ロケ地をまとめて撮った方が断然いいわけだ」
「ええ」
「そりゃあ、なかにはいるけどな、俳優の演技のことを考えて、順番に撮っていく監督もよ」
「へえ」と俺。
「他にも、始めに撮ったシーンをな、最後の最後にまた撮り直すって監督もいたな」
チャーリーは、思い出に浸るように感慨深げに言う。彼は、この地下組織内で最高齢のメンバーで、映画の知識でいえば、ボーマンよりも詳しかった。まさしくビオスコープの生き字引だった。
「で、何がすごいんですか? 演出?」
俺は、年寄りの話が長引く前に本筋に戻す。
チャーリーは、かっか、と笑い声ともつかない声を上げた。
「いやな、あのお嬢ちゃんとお兄ちゃんは、まだまだ演技がこなれてないだろう?」
「えー、とっても上手かったですけど?」とホリー。
「そりゃあ、素人にしてはすんごいうめえのは分かってんだよ。言いてえのはよ、まだ役柄に入りきれてねえってこと。二人とも、自分と役柄の調律が出来ていないってことさ」
俺とホリーは顔を見合わせる。言われてみれば、そんな気もするが、正直難しくてよく分からない。
「でだ、二人の演技がぎこちなくなることも踏まえてさ、今日このシーンをやったわけだ。つまりな、二人の登場人物は、このシーンで初めて出会ったわけだ。しかも、全くお互いの印象が悪い中で。もしかすれば、二人の演技が多少不得手であってもだな、このシーンであればよ、演出で飲み込めるかもしれないって、ボーマンはそう考えたんだよ」
「すごいじゃないですか! へー、そういう方法もあるんですねー」
ホリーは感嘆の声を上げる。とても素直で純朴な反応。
「本当にそこまで考えてるかなあ……」
俺は呟く。
「考えてるはずだ、アイツなら考えてるさ。聞いてみればいい」
「そうですかねえ」
いつも冗談を飛ばしてばかりのボーマンが、そんなことまで考えているとは思えない。
チャーリーはビール瓶で俺の尻を小突いた。
「お前、信じてないな?」
「信じてますよ、信じてますって」
「しかし、おめえさんよ。いや、お前ら二人か」
チャーリーは俺とホリーを指差す。
「クランクインした割に、のんびりしてんな。まだ大きな山が残ってんだろう?」
俺は気が付く、ホリーが俺を伺い見たことに。
「分かってますよ。目下、検討中です」
「ああ、頑張ってくれよ。俺あ、期待してんだ、この映画に」
そう言って、チャーリーは酒を煽りながら、のしのしと歩いていってしまった。
大した仕事もない彼は気楽でいい。完全にお客さんとして、この映画を楽しめばいいのだから。その点、俺は違う。映画を〝作る〟側だ。それも、周りにいる奴らの目を欺きつつ、アキラの代わりになるものでなくてはならない。心労は、余りある。
「僕は、あの結末には納得していません……」
ホリーが言った。
「分かっているよ。でも、映画はみんなで作るものだからね。根気強く、話し合わないといけない」
「はい」
ホリーの声色に、影があることに気が付く。彼を見る。表情はうつむき加減で、読み取れない。俺は、努めて明るく言った。
「大丈夫だよ。きっといい作品になる」これは本心からの願いでもある。
ホリーは、小さく頷いた。
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