Chapter20 ロケハン

 ロケーションハンティング。

 ロケハン。

 撮影地を巡る旅。

 当たり前だが、これだけは自分たちの脚で歩いて出向かなくてはいけない。

 もちろん、ある程度は当たりをつけてから動く。この超高度情報化社会だ。地図アプリを駆使すれば、仮想的に行けない場所はない。それでもそこでどんな映像が撮れるのかは、実際に行ってみないと話にならなかった。


 俺は、審議会から負託された潤沢な資産を使い、必要になりそうなミナトミライ跡地の区画の一部をリースないしは買い取った。

 それらには、かつてオフィスビルとして使われていた建物もあれば、大きな港湾用の倉庫もあった。どこも柵や塀で囲われていて、一般人の出入りはほぼない。隠れて撮影するにはうってつけの場所だった。


「このままじゃダメだ」

 津島が、古びた雑居ビル、その中に入っていた事務室を見て、言った。何がダメなのかは、みなまで言わなくても、俺には分かった。彼が気に入るような画が撮れないに違いない。

「そうですかねえ? 前に入っていた事業者の備品は、ほとんど残ってるじゃないですか。デスクもロッカーも、ああ、あと傘立ても。多少こっちで物を買って追加するくらいで、編集プロダクションの事務所としては十分撮れるんじゃないですか?」

 津島にそう進言したのは、美術担当のデロリスだった。大きな体躯を揺らし、物怖じをしない口調。歳は、四十代半ばくらいだろうか。彼女は現実的に物事を捌くタイプで、時間や金の制約に縛られる俺としては、実に心強い存在だった。

「何言ってんだ、あんた。こんな場所で撮影してみろ。画が灰色にくすんじまうよ。ほら、ここからファインダーを覗いてみろ」

 津島はデロリスを呼び寄せて、手に持ったレンズの片方を覗かせた。

「まあ……そうねえ」

 デロリスも納得しかけそうになる。

 俺は心の中で毒づく——もっと抵抗してくれ。

「おい、大丈夫だよな? ここに赤いチェアや真っ白なシェルフを買い足しても」

 大声で呼びかけられ、俺は背筋を伸ばす。津島の声には、人を緊張させるシビアさがあった。

「うーん、どれくらいで用意できますか? お金はどうにかするとしても、撮影開始日を一応来月末にしてますからね……津島さんがいいと思えるものがあるかどうか……」

「それはそうだけどさ。でもさ、このまんまで撮っても、勝てないよ」

「勝てない、ですか」

「勝てないよ。アキラの映画にはさ」


 これは、津島の口癖だった。彼は事あるごとにアキラの映画にまさろうとした。彼は、人の手による作品を禁じた、その根源たるアキラのことを憎んでいた。彼は、たとえ人間であってもアキラを超えることが出来ると証明したがっていた。

 そう、この点で、津島は俺の目標達成に欠かせない人材でもあった。彼の思想は愚か極まりなく、全く共感が出来ないが、それでも今回この作品は、アキラの作品として世に出されなくてはならない。だからこそ、質の低いものを出すわけには絶対にいかない。

 そういう意味で、津島の目利き、技術、そして意識の高さを、俺は買わざるを得ない。


 俺が返答に詰まったのを見て、ボーマンが助け船を出してくれる。

「まあまあ、一応いくつか候補を探してさ、その中から決めようよ。無いものは無いし、私たちで机を作れるわけでもなし。それでどうだい? 二人とも」

 津島は、ぶつくさ言いながらも、仕方なく同意して、俺も小さく頷いた。


 撮影地の探索は、シーンごとに全部で三十数か所あった。ハッキリ言って、恐ろしいほどに労力がかかった。

 そして非常に残念なことに、現実にある土地は、必ずしも我々の思い通りには撮影をさせてくれない。実際に行ってみて、使えない場所だったことは幾度となくあった。無駄足は数えきれないくらいに踏んだ。


 そして、この二か月間、撮影の準備に邁進まいしんしていた俺が思ったことは、ただの一つだけだった。


 とにかく大変で、とにかく疲れる。


 俺は毎日、朝から晩まで、あらゆる意見を聞き、数多の景色を見て、家に帰り、死んだように眠った。

 そしてそれは夢の中でも同様で、俺はいつでもビオスコープの奴らと一緒に映画の準備にいそしんでいた。


 * * *


 スタッフ

 監督:デイビッド・ボーマン

 脚本:ホリー・マーチン、タン・ロン

 撮影:津雲半四郎

 照明:テリー

 音声:ウワディスワフ・シュピルマン

 衣装:マチルダ・ランドー

 美術:デロリス・ヴァン・カルティエ

 編集:芹沢大助

 音楽:グレン・ホランド

 記録:ジョニー・ジョーンズ

 制作:タン・ロン


 出演

 主演:№8

 主演:キャシー

 助演:アントワーヌ・ドワネル

 助演:アーニャ

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