Chapter18 制作者
■城下町 昼
アリテの居酒屋の裏庭
ナターリエ、石段に座り、紙束に目を通している。
隣に立つヴィルヘルム。
ナターリエ 「これ、あなたが全部書いたの?」
ヴィルヘルム「ああ、そうだよ……もういいかい? それ、商品なんだけど」
ナターリエ 「この恋文も? こっちの恋文も?ホントにホントにあなたが書いたの?」
ヴィルヘルム「そうだってば。しつこいな」
ナターリエ 「……ねえ、あなた、これ凄い才能よ」
ヴィルヘルム「知ってるよ。だから商売でやってんじゃないか」
ナターリエ 「あなた、私のために手紙を書いてみない?」
ヴィルヘルム「え?」
ナターリエ 「あなたの才能を買うわ」
ヴィルヘルム「なあ、あんた何言ってんだよ?何でさっき道で会ったばかりのあんたに、俺が手紙を書くんだよ?」
ナターリエ 「あなた、私が誰か分かってないの?」
ヴィルヘルム、ナターリエの顔を見る。何も言わない。
ナターリエ 「信じられない。ねえ、私、この国のお姫様よ? ナターリエ・アウグスト。分からない?」
ヴィルヘルム「……え、嘘だろ? いや、嘘に決まってる。こんなところにいるわけがない」
ナターリエ 「はあ……これだから下町は困るわ」
ヴィルヘルム「だから、何でこんなところに……」
ナターリエ 「お忍びで出かけてんのよ。バカね」
ヴィルヘルム、何も言わない。
ナターリエ 「で、書くの? 書かないの?」
ヴィルヘルム「いや……」
ナターリエ 「お金はいくらでもあるわ。あなたがさっき言ってた劇団を立ち上げる話だって、きっと手伝えるし」
ヴィルヘルム「……」
ナターリエ 「早く決めてよ。従者が私を探してるはずだから」
ヴィルヘルム「な、何を書けば良いんだ?」
ナターリエ、ヴィルヘルムの手を握る。微笑む。
ナターリエ 「ありがとう」
ヴィルヘルム、目を逸らす。
ヴィルヘルム「で、俺は何を……?」
ナターリエ 「近衛兵に書いてほしいの」
ヴィルヘルム「近衛兵」
ナターリエ 「ええ、私の憧れの人。でもね、今度、戦地に派遣されることになったの」
ヴィルヘルム「そう」
ナターリエ 「でもあなた、幸福よ。私のために仕事が出来るんだから」
* * *
家に帰ったのは、夕食の時刻をゆうに過ぎた頃だった。
俺たちは、作りかけの脚本の直しについて語り、これからやるべき作業を思いつく限り書き出した。俺は、俺の計画が徐々に形になっていくことに喜びを覚えた。
ボーマンもテリーもシュピルマンも気力十分で、きっとよく働いてくれるだろう。
リビングに入ると、姿勢よくリイは着座して、テレビの画面を観ていた。
「おかえりなさい」
彼は俺を向いて言った。
画面をのぞいてみれば、『ドラゴン危機一髪』が流れていた。
ここ最近、彼は人並みの生活を営むようになっていた。俺に慣れたのか、時間と共に学習するのかは分からない。もしかすると、リイの頭の中には、生前の——と言っていいのであれば——記憶が幾らかでも残存しているのだろうか。
「君が撮った映画じゃないか」
俺はリモコンを手に取り、エアコンの温度を二度下げながら、言う。
「ええ。ですが、私は彼の複写生命ですからね。当たり前ですが、私という個体がこの作品を撮ったわけではありません」
「君は監督もやっていたわけだろう? 何かアドバイスはないか?」
「どういうことでしょう?」
「ついに撮影が開始されることになった。あとで要点を伝えるから、審議会に報告をしといてくれ」
「おめでとうございます」
リイは立ち上がり、頭を下げた。
「監督ですか?」
「何が?」
「イチカワさんの仕事です」
「いや、違うよ。制作だよ」
リイが少し微笑んだ気がした。
「何だよ。全体を一番コントロールしやすいポジションだろう」
複写生命は、居住まいを正し、かしこまった様子で俺に言った。
「いえ、その通りです。ですが、恐らく想像以上に大変かと……」
「俺が今置かれている状況以上に難しいことなんかない。彼らを使って、映画を撮るくらいわけないよ」
数日後、俺は、自分の発言が間違っていたことを知る。
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