曲者
「……あ、昨日の黄色い髪の」
話しながら、八雲の視線は黄色い髪の少年の後ろ――銀髪の男子――へずれていった。たちまち、銀髪の男子は不機嫌そうに顔を皺だらけにする。青はこの隙に八雲の後ろに隠れた。
黄色い髪の少年が、再び口を開ける。
「河北八雲くん、でお名前合ってる?」
「うん、合ってるけど……、それより、あんたの後ろにいる人がオレをすっげえ見てくる理由が知りたい」
そう言うと、銀髪男子はわなわなと震えだした。長い前髪が波打つように揺れている。「しょうちゃん?」と黄色い髪の少年が男子を仰ぎ見る。男子はやっとの思いで声を絞り出した。
「し、信じられない……。
「あっ、いつも通りのしょうちゃんだっ。大丈夫だよ八雲くん、心配しなくて! この子は
彰二の顔が横にあるため、明の笑顔とのほほんとした声が際立つ。いつも通りという言葉に気を取られつつも、わかった、と八雲は了承したが、直後、聞き覚えのある苗字に思わず首をひねる。
「いなぎ、って、……まさか、あの『稲置』?」
八雲の言葉に、彰二の口角が急上昇する。フンと鼻を鳴らして、はきはきと語り始めた。
「そうだ。千年前、大陸統一の時代に活躍した英雄のみが賜ったと言われている、最高位の苗字! 『
言い終わると、彼は誇らしげに胸を張る。やや仰け反った体勢になったため、銀色の長い前髪に隠れていた紫の瞳が、椅子に座る八雲からはっきりと見えた。
「河北。明よりも先に俺を話題に挙げるなど、恥を知れ」
「ええ……」
なんかごめん、と八雲が言ったとき、かぶせるように活きのいい声が響いた。
「――発っ見!」
ドアの前に現れた少年がそう叫ぶ。――艶のあるブロンドの短髪、深緑色の双眸。眉目秀麗な少年に、クラスメイトたちの視線はつい奪われた。
しかし、八雲は「げ、
「俺の傘を勝手に使うな!」
「え? 何の話?」
近距離で叫ばれた上に、怒気を浴びた青が小さく悲鳴をあげる。千智は構わず話し続ける。
「昨日の話だ! とぼけても無駄だ。俺の傘……いや、俺の私物に近づくのは、オマエだけだ!」
彰二たちが離れて行く間も高笑いをしていた千智から、八雲はそっと目を逸らした。
「あー……、思い出した。そうだな……、昨日は、ジョウロをひっくり返したみてえな雨が降ったんだよ。オレの近くでだけ。だから借りた、ごめん」
「言い訳だ!」
そもそも、八雲は千智が快晴の日まで雨傘を持参している理由がわからなかった。今さら気になったが、面倒なので、あえて触れないことにした。
「それが本当なんだって。つーかお前、こんなとこにいたら遅刻するぞ。竹組の学級スローガンは『時間厳守』だろ。忘れたのか?」
なお、梅組には、スローガンはおろか張り紙もろくにない。壁の一部には、周囲の壁よりも明るい色をした四角い模様がいくつかあった。千智は品定めをするようにゆっくりと教室を見回してから言う。
「覚えているとも。……なるほど。要するに、梅組は、命令されなければ行動できない奴らと、監督不行き届きの教師が作りあげたクラス、というわけだ。――それに引き換えここだけの話、俺はルールよりも優等生だ!」
「はいはい。何言ってるかわかんねえけど……、んなこと言ってるから、『友達』が見つからないんだぜ」
「余計なお世話だ。少なくとも、ライバルがいるからまだマシだ!」
「あ、そ」
兎角するうちに時間が迫ってきて、千智は踵を返して去っていった。八雲はやれやれと天を仰ぐ。
*
三限目が終わると、八雲と青はどちらからともなく席を立つ。今日も、昼休憩は倉庫裏で過ごすと決めていた。
「それ、自分で作ったのか?」
目的地に着いてすぐ八雲は草の上に腰を下ろし、青が手に持っているおにぎりを見て問う。青が頷くと、「今朝早起きしてたのはこれのためだったのか」と呟いた。
「その……じ、自分のことは、自分でやろうと……思ったので。でも、今まではお兄が作ってくれていたので……うまくできなくて……」
やれ火は危険だ、やれ刃物は危険だと、料理から遠ざけられて育った青は、その影響で包丁を握るのが怖いという。
八雲の弁当には野菜などのおかずがきっちり入っているのに対し、青のは大きなおにぎりが一つだけ。ふーん、と呟きながら、八雲は弁当箱の中の鮭を箱のふたに乗せた。
「よかったら食う? これ」
「え……! えっ、あの、いえ、その……!」
一瞬嬉しそうに瞳を輝かせた青は、しかしすぐに取り乱す。見かねた八雲が「勉強教えてもらったから、その礼、てことで」と付け足すと、首を縦に振った。
たとえ青が護衛対象だからだとしても、ヒトに優しくされる日が来るとは思わなかった。……ところが、刹那、青ははたと手を止める。
(あれ……? 何か、忘れているような……? ……護衛、用心棒……仕事……)
単語を脳内で転がしているうちに、とうとう気が付いた。
(有料サービスっ……! ――ぼくが護衛されている間、ずっと、お父のお金が……減り続ける……!)
由々しき事態である。
ただでさえ、アオイトリの家計は火の車。八雲はまだ子ども、すなわち新人なので、おそらく護衛代は安い方だろう。だが、青がいつまでも「子ども」のままでは、いずれ父のお金は底を尽きる。
アオイトリは、子どもと大人とで身体の仕組みが異なる。エネルギーを蓄えきった後は、エネルギーを放出するだけの生き物へと身体機能が切り替わるのだ。そして、青の父ですら、未だにその基準では大人と呼べない。
つまり、青も、父と同じ年まで大人になれないと考えると、少なくとも二十年以上は支払いを続けることになる。
(お父、お姉、お兄たちの生活はもっと苦しくなるのに……その間、ぼくだけがお湯のお風呂に浸かれるし、お布団も独占……? そ、それは……いやだ!)
今まで育ててくれた家族を差し置いて、自分だけぬくぬくとしているのには抵抗がある。何としても早く大人にならなければ、と青は淡く決意した。
そうと決まれば、青はおにぎりで補給した糖分を使い、すぐさま策を練る。
幸福のエネルギーを溜めることとは、すなわち、ヒトのプラスの感情を浴びること。だが、青の周りにそのような感情を持つ人はほぼいない。それならば、適した人を探すか、周りの者のプラスの感情を引き出すか――。
そこまで考えたとき、つむじ風のごとく唐突に、名案が脳内を吹き抜けた。
(うまくいけば、効率よくエネルギーを溜められるかも。……でも)
自分で考えた作戦にもかかわらず、青は恐怖で震えた。助けを求めて、無意識に八雲に声をかける。
「あ……あの、や、八雲さん。て、手伝ってほしいことが……、あるのですが……」
蚊の鳴くような青の声に、これはただ事ではない、と感じ、八雲は「いいぜ」と即答した。
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