こんなに好きなのに

藤村 綾

「どう、かな……」

「それってさ、病気だよ。てゆうかもう依存? 執着? きっとどっちかが死なないと終わらないよね」

 同じ箱ヘルで働いている『涼子』ちゃん、さん? とは人間嫌いのわたしにはめずらしく気が合い話の流れで不倫をしていてその男のことが大好きすぎて死にそうだという話をしたら、じゃあ死ねばいいと辛辣なことを真顔でいわれてしまいしょんぼりとしていたらタバコを燻らせながら少し置いてやっとまともな言葉が返ってきた。

「あのさ、もえちゃんさ、不倫なんて──、」

 出たでた。不倫なんて論が。だからあまり話たくないんだよな。不倫をしている時間がもったいないとか、もし奥さんにバレて慰謝料を払えるのかだとか、横取りみたいなことをして優越感に浸っているとか。ただの性処理じゃんだとか。やはりというかあたり前だけれど非難の声が多い。まああたり前だ。そんなことわかっているし、とおの昔にそんなくだらないことやめて他の男と結婚をしている。

「わかってるんだけどねぇ......」

 涼子ちゃん、さん? だかわからない年齢不詳の女が指名をされ、じゃあいくねという背中に聞こえるか聞こえないかくらいの声でつぶやいた。

 箱ヘルはもう4年目になる。

 週に1度だけの出勤だけれどきっと古株だとおもう。けれどこの箱ヘル『プライム』は古株ばかりなのに結構お客さんが来る。『梨花』というこれまた年齢不詳の女がいるのだけれど、とてもデブで面も良くなく挙句大声でしゃべり下品な笑いをするくせにお客さんを持っている。お茶を引いたことなど一度もない。はず。箱ヘルに勤める前はデリヘルにいたけれどデリヘルはお茶ばかり引いていてお菓子ばかり食べてしまい『梨花』予備軍になっていた。それが箱ヘルは絶対といっていいほどお客さんがつき、わたしはプレミア出勤なので6時間待機中予約が全部埋まるのでそうそう暇なときがない。お昼ご飯を温めに(コンビニのミートスパ)奥の部屋にある着替え部屋に戻ったときたまたま涼子さんがいて喋ったのだ。久しぶりにあったので15分も喋ってしまった。

 涼子さんはシングルマザーでヘルスだけで成形を立てているわけではない。どこかの会社で秘書をしているのよわたし。ということは聞いている。秘書ぅ? という『?』がいらないくらいその容姿は整っており、だから涼子さんは人気がある。容姿がいいほど器量もいい。これはわたしの見解だ。容姿がいいと人に優しくなれる。綺麗なひとは性格が曲がっているよなんてうそだ。綺麗なひとほど優しいし気が利くし、嫌味がない。梨花も含め世の中にいる器量の悪い女こそ性格がひん曲がってるのだ。

 わたしは石を投げればあたってもいいくらいの普通の女だ。良くも悪くもない。見ようによっては綺麗だし見ようによってはブスかもしれない。

 顔じゃないよ人間は中身だよ。はぁ? それって綺麗事でしょ? とあるお客さんが風俗嬢の顔について話出したとき、そうゆう話題になり、ほんとうにそうおもってるの? と食い下がると、あーいやぁねぇ──、と髪の毛をいじりだし困惑の表情を見せた。

 このやろう。男なんて大半は顔で重視をする。わたしだって不倫をしている男の奥さんよりも綺麗でいたい。奥さんよりも綺麗な女を選んだ場合その不倫は長く続くらしい。わかる気がする。奥さんより器量の悪い女をいちいち選ぶ理由がわからない。リスクだらけの関係で。

「ももちゃんお客さん来たよ」

 いまからもう休めない。はーい。間延びすぎる返事をし自分の部屋に戻る。こうして男たちの性を受け止める仕事をしていてもわたしはまだひとり男を好きでいることができる。腐ってはいない。いや腐っているのかもしれないけれど腐っていないとしんじたい。

 あっ!

 これが。不意に頭に浮かんだ吹き出しの中の文字が『それって執着じゃね』と浮かび違う! と追い払うよう手で追い払う。

「こんにちわ」

 また初対面の男にいまから人形のようにあつかわれる。



                ※

「下着を着けてきて」

 不倫の男はそういい、わたしは顔を赤め戸惑いながらうんとうなずく。下着フェチの男に合わせいつも俗にいう『勝負下着』を着けている。勝負ってなんだそれ? 笑ってしまう下着しか勝負所がない。

 いつもはやっすーい下着しか着けていないのに男に好かれ欲情を煽ろうという結果下着しかないと考え、ちょっと高価な値段の下着を身にまとい、どう、かなぁ……。と男の隣に座る。よし、ばっちりだぞというお化粧の確認。ムダ毛の処理。わたしはここではとてもいい女を演じとても感度のいい女を演じる。

ふっ、と男が鼻で笑うのがわかる。多少は欲情しているのだろう。わたしから抱きつきキスをした。それからのことは夢のようで必死という単語で賄えるほど必死で唾液を交換し体を重ねる。心も蟻くらいは通っているのかもしれない。風俗嬢のわたしにとってお客さんでない男とのこれはなくてはならないものなのだ。

「下着をつけても結局とっちゃうんだよね」

 行為が終わり天井をみている。わたしは続ける。「でも、多少は興奮するの」

 少しだけ間があり、はーっと息を吸いながら男がやっと声を出す。

「多少ね。ほら、脱がすという行為がさ、男って興奮するんだよね」

「そうだねー。男って目で感じる生き物だしね」

 ははっ。男は少しだけ笑う。「そうだかもだね」

「あのね、わたし、好きだよ。いつも」

 無言。

「ごめんなさい」

 なぜ謝っているのかわからない。けれどいつもこうして謝ってばかりいる気がしないでもない。

 ラブホはなんて静かなのだろう。そしていま何時なのだろう。ラブホに時計がない理由がわかる。時間など気にせずやってくれという意味なのかもしれない。時間が目には見えないけれど流れてゆく。男は立ち上がり、シャワーしてくるわといいながらバスタオルを腰に巻き付ける。

 うんと首を折りながらわたしも立ち上がり男の胸の中に入る。

 このままで。心の中の声が聞こえそうでこわい。男はしかし黙っている。どうにもならない関係の中いつももどかしさがあり罪悪感があり虚しさが押し寄せる。いいことなどありゃしない。

 そっと離れてゆく男の後ろ姿にさみしさが隠せない。

「死にたい……」

 希死念慮のあるわたしはいつだって死にたい。バカじゃねーのというだろう。涼子さんの顔を浮かべながらわたしは冷蔵庫から赤い蓋のコカコーラを取り出し窓を開けながら流れる景色を見つめごくごくと喉を鳴らして炭酸を一気に飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こんなに好きなのに 藤村 綾 @aya1228

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ