第19話 あらすじ〈23時間編〉

『ドグラ・マグラ』のあらすじを手っ取り早くまとめると……主人公である「私」の、おそらく大正15年11月20日と思われる日の1時から24(7)までの23時間の物語である。


◆あらすじ〈23時間編〉

「私」(主人公)は、柱時計の時鐘じしょうの音とともに、九州帝大の精神病学教室が所管する附属病院「せいひがし・第一病棟」の七号室で眼醒めざめる。気が付くと、自分が記憶を喪失していることを知る。

「私」を「お兄様」と呼ぶ隣室の美少女と対面するも、記憶はよみがえらない。

 一方、九大の前任と前々任の精神病学教授二人が一年毎に変死した事件があったことを、現在同科教授職を兼任する若林鏡太郎から聞かされる。若林は「私」の過去の記憶を蘇らせるために、一ヶ月前に自殺した正木敬之博士の遺稿類を精神病学教室本館・二階の標本室で「私」に与えて記憶の回復を促す。「私」は正木博士の遺稿を読み進むうちに、過去に三件の殺人事件が発生していたことを知り、その被疑者が自分なのかもしれないと感じ始める。

「私」がそれらの遺稿類をすべて読み終えると同時に、突然、目の前に自殺したはずの正木博士が出現。正木との会話の後に、「私」は千百余年前から呉家に降りかかる呪いの歴史と、呉一郎が何者であったかを知る。その後「私」は、正午の午砲(ドン)と同時に九大を飛び出して街の中を彷徨さまよい、いつしか意識が混濁、気が付くと元の精神病学教室の標本室に戻っていた。

 夜遅くに目覚めた「私」は、新聞号外記事や正木博士が若林に宛てて書いた官製端

はがきの遺書を読み、すべての事件の顚末てんまつを知る。それか「私」はフラフラと七号室に戻るが、柱時計の時鐘の音とともにかつての惨劇のフラッシュバッ(8)が次々に起こり、「私」はそれらを見つつ失神してゆく……。


 あらすじA……(さらに詳細なシナリオ説明)

⑴「…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。」と柱時計が鳴り響く深夜、九州帝大の精神病科「精・東・第一病棟」の七号室で「私」は眼醒める。➡

⑵窓の磨硝子に映った、髪の毛のモジャモジャとした悪鬼のような「私」自身の影法師を見る。➡

⑶自分の記憶喪失に気付いた「私」は叫び声をあげる。隣りの六号室から聞こえてくる謎の少女の声を聞きつつ、次第に意識が薄らいでゆく。➡

⑷早朝に目覚めた「私」は朝食をとり、若林鏡太郎に会う。七号室で散髪後に6時4分に退室。西洋館で入浴後に大学生の身支度みじたくをさせられ、6時23分に腕時計をつける。➡

⑸その姿で、心理遺伝の症状を呈することがあるという六号室の美少女と対面して会話するも、まるで記憶は蘇らない。そのあと若林と「私」は、一旦七号室へ戻る。➡

⑹七号室を退出し精神病学教室本館二階の標本室へ移動。記憶を喚び起こすために、部屋のどこかに陳列してあるという「私」の過去の記念物を探り当てる試験を受ける。➡

⑺その試験で、正木敬之の自殺後に若い大学生患者が書いたという「ドグラ・マグラ」の原稿を見つけた「私」は、標題と巻頭歌と本文の一行目と最終行のみに目を通す。➡

⑻正木敬之の九大入学時から卒業後の放浪時代のことと、斎藤教授の変死から葬儀の場での正木と学長とのやり取りまでのあらましを若林鏡太郎から聞く。➡

⑼若林鏡太郎から「今日は大正15年の11月20日」と告げられる。➡

⑽喪失した記憶回復の鍵として、脳髄論の提唱者・正木敬之の五つの遺稿類を読むよう若林鏡太郎から促された「私」は、椅子に腰かけたまま夢中になって読み始める。➡

⑾遺稿の読了直後に正木敬之が出現。「私」は「ワッ……正木先生……」と驚き、彼との会話から自分が何者なのか思考を深めてゆく。➡

⑿離魂病を発症した状態で、大惨劇が発生する直前の解放治療場の様子が見えたり、舞踏狂ぶとうきょうの少女の唄が聞こえたりする。➡

⒀突然、額の痛みを自覚する「私」。標本室の扉をノックしてテカテカ頭の老小使ろうこづかいが入ってきて、若林からの差し入れのカステーラを正木に渡す。➡

⒁正木敬之が卓上のメリンスの風呂敷包みを解いて、呪いの絵巻物と、その由来記の写しと、殺人事件調査書類を取り出して「私」に説明する。➡

⒂正木敬之が呉家の祖先と絵巻物誕生の逸話を語り、次いで医学生時代の自身や若林

と千世子の因縁話を告白する。➡

⒃正木を退散させた後に「私」は絵巻物の紐を解き、巻末まで拡げて、呉千世子の謎解きの文字を発見する! 驚愕した「私」は絵巻物を巻き戻そうとするが手がふるえて取り落とす。➡

⒄リノリウムの床の上をクルクルと拡がってゆく絵巻物。標本室を飛び出した「私」は正午の午砲(ドン)が鳴ると同時に、九大の外へと遁走とんそう。そのまま何

い ずこかを徘徊はいかいしながら、次第に意識が混濁してゆく。➡

⒅いつしか「私」は九大の中のもといた精神病学教室本館二階の標本室に戻っていた。➡

⒆最前のように椅子に腰をかけて、机の上に両手を投げ出して突っ伏した格好で寝込む「私」。➡

⒇目覚めると、衣服も靴も汗と塵埃ほ こ りまみれで、ズボンは膝が破れて泥

まみれ。➡

㉑「不思議だ。夢だったのかしら」と思い、「私」は机の上の青いメリンスの風呂敷包みを拡げて絵巻物と殺人事件の調査書類を取り出す。➡

㉒調査書類の下から新聞号外と官製端書に書かれた正木の若林に宛てた遺書を発見し、「私」は一連の事件のその後の顚末を知り標本室を出てゆく。➡

㉓「精・東・第一病棟」の七号室の扉を開いて中に入り、寝台の上にドタリと横たわ

る「私」。➡

㉔隣室の六号室の少女の声を聞きながら、「私」は胎児の夢のことを考える。➡

㉕深夜24時の柱時計の時鐘が鳴っている最中に、「私」の眼前に過去の惨劇のフラッシュバックが次々に出現してくる。➡

㉖「私」は驚いて飛び起き、駆け出して額から壁にぶつかり失神。その間際に、

「私」とソックリな顔が闇の中に浮き出す。「……アッ……呉青秀……」➡

㉗「……ブウウウ…………ンン…………ンンン…………。」という柱時計の時鐘の音。




注解

(7)夢野久作著『ドグラ・マグラ』の結末部が24時であるということは、物語の最後の場面で連続して鳴り響く柱時計の時鐘の回数をカウントすることで推測可能である。隣室のモヨ子の痛々しい泣き声がピッタリと止んだ際の「……ブ…………ンンンンン……」という柱時計の時鐘の音が1回目で、以下、「……ブ――――ン……」が5回、「……ブ――ン〳〵〳〵〳〵〳〵……」で5回分、そしてラストの「……ブウウウ…………ンン…………ンンン…………。」の1回分を足すと、合計で12回だと分かる。すなわち、この時の時刻が午後12時であったと推断できるのである。

『ドグラ・マグラ』の物語の始まりの「…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。」が午前1時であると推理できる論理過程については、夢Qが張り巡らせた伏線を回収して、後に若林教授にタネ明かしするプロットを用意しているので、乞う、ご期待!



(8)フラッシュバックを広辞苑で引くと、「過去の強烈な体験が突然脳裏によみがえること。→ピー・ティー・エス・ディー(PTSD)」とある。

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