第4話 隙の糸

I:……そんなコアな漫画ファンならスグに感付きそうな『鬼滅の刃』の元ネタよりもですねえ。もっと根源的なインスピレーションの源泉とでもいうべきものが、実は僕らが生きていたドグラ・マグラの世界とつながっている気がするのですが、教授はその辺りのことをどう思われますか?

W:左様で御座いますな……。貴方様はひょっとして、吾峠先生が『ドグラ・マグラ』という小説の世界観からなにがしかの影響を受けておられて、鬼滅の作品の登場人物たちのキャラクター設定において着想の源泉としておられるのでは……とおっしゃりたいので?

I:ハイ。

W:実はわたくしも、コミックのページをめくりながら密かにそのような気がしておったのです。両作品とも時代背景が同じ大正時代で、主人公の竈門炭治郎かまどたんじろうが鬼殺隊に入隊してからは、貴方様の学生服と同じようなえりまとって鬼たちと死闘を繰り広げておりましたし……。

I:吾峠先生は福岡県のご出身ということのようですが、同じ福岡生まれの夢野久作の作品群から着想を得られていたらしい匂いが、ほのかにどころか芬々ふんぷんと僕の鼻腔びこうをくすぐるんですよねえ……。

W:……ならば、私奴わたくしめと貴方様とで『鬼滅の刃』にゆわえられた夢野久作にまつわる目に見えぬ「すきの糸」をり寄せて、作者が各キャラクターの設定において込めたであろう夢野作品に繫がる表現活動の動機、モチーフの謎解きに興じてみるというのは如何いかがで?

I:さすがは「迷宮破めいきゅうやぶり」の二つ名をかんせられた若林教授、なかなかシブい、面白そうな遊びを考えつかれますねッ! だいぶ、解放治療リハビリの効果も現われてこられたようで……。先ほどの僕の暴言はつつしんで取り消します。キャラクターの設定の謎解き遊びだなんて、精神病院こんなところに入れられた僕らにとっては格好の退屈しのぎになりますしね!

 一方で『鬼滅の刃』とは対照的に、今やこちらの令和の世界では僕らがそこで生きていたドグラ・マグラは日本探偵小説三大書の筆頭にげられて、常人には到底、解読不可能な超難解本の烙印らくいんまで押された状態でして……。おまけに「読破した者は、精神に異常をきたす」……などといった流言蜚語りゅうげんひごまで飛び交うありさまで、すっかり異端の禁書扱い! この謎解き遊び、やり甲斐はアリですよ。

W:…… 重な書物という意味の造語かナニかで〝〟と呼ばれておったのかと思っておりましたが、今の貴方様のご説明で得心とくしんしましたが、奇書は奇書でも「構想がずば抜けて面白く、他に比肩すべきもののない本」という本来の意味の書ではなく、「妙な本」とか「っ怪な本」という意味合いでのだったのですな! 他の二書は未読ながら、マッタクもってひどいいわれようではありませんか、私どものドグラ・マグラも‼ とんだ濡れ衣を着せられたもので御座いますな~。

I:ええ、夢野久作が眠る杉山家の菩提寺ぼだいじ一行寺いちぎょうじ(13)御笠みかさ川(石堂いしどう川)を挟んで河岸に立っている濡衣(14)の石塚と同じくらいの「濡れ衣」っぷりですよ!

 試しに、朝霧カフカ先生の『文豪ストレイドッグス』の〝Q〟なんかをご覧になってみてくださいな。作中では最もみ嫌われている精神操作系の〝狂気の異能者〟との触れ込みで、夢野久作が登場して来ておりましたから……。

W:マコトで御座いますか、ソレは?

I:さらに、施川しかわユウキ先生の漫画作品『バーナードじょういわく。』の中の描写では……、


神林しおり:

タイトル覚えるより 一冊でいいから読め

『ドグラ・マグラ』が オススメだな

構想と執筆に 10年以上 かけられた

記憶喪失の 精神病患者が 主人公の 推理小説

読んだ者は 精神に異常を きたすという…

バーナード嬢:

ええっ! …なんか 読んだら ハマリそう 

でも いかにも サブカルっぽい というか 中二ちゅうにっぽい というか…

「今 ハマってる本は 『ドグラ・マグラ』です」 って言うの 恥ずかしいな

「狂気の世界に 心酔しちゃってる この私 取り扱い注意」

…みたいなアピールに なりそうで

神林しおり:

バン!(机をたたく音)

なんねーよ!

てゆーか 他人から どう見られるか とか意識して 読書すんな‼

そんなん気にしてたら どんな本に対しても 読者層を勝手に ステレオタイプ化した挙句あげ

「私はあえて一歩引いた 距離感で読んでます」みたいな保険かけた つまんねえ読み方しかできなくなるんだよ!

人に影響を与えられる 本っていうのは 毒になろうとも 薬になろうとも それだけで 貴重な財産なんだ!

「イタイ」とか 「恥ずかしい」とか 思われようが 読了後 生き方が 変わるくらい どっぷり作品世界に からないと 

濃厚で価値のある 読書体験は 得られないんだよ!!!

はー はー はー

バーナード嬢:

プル プル プル


…………でしたからねえ。

 このようなあんばいですから、実際にドグラ・マグラの世界にドップリ浸かって「全集中の呼吸」をしていた我々にしか、ドグラ・マグラと結びついた『鬼滅の刃』のえにしの糸を探知することは出来ないかも知れませんねえ。

W:いやはや、マッタク同感で御座いますな。




注解

(13)杉山家の菩提寺、三笑山一行寺いちぎょうじは五百年以上の歴史をもつ浄土宗のお寺。室町時代に博多の辻の堂(現在の若八幡宮。〝やく八幡・厄除やくよけ八幡〟の愛称でも親しまれる)で開山、江戸時代に秘蔵の御本尊の仏像とともに現在地に移転した。

 境内は旧唐津街道沿いで、本堂の横を流れる石堂いしどう川に架かる石堂橋はかつての博多の玄関口で関所が設けられていた。この地は往古は大宰府の官人が陣を構えたとされる土地柄で、近年は秋に催される「博多旧市街フェスティバル」では協賛寺院として山門がライトアップされる。山門をくぐって左手の本堂脇に杉山家累祖の墓があり、夢野久作や茂丸、龍丸ら杉山家累祖の御霊が眠る。現在の墓石は生前に久作によって建てられたもので、墓名の金字も久作の筆によるもの。すこぶる達筆!


(14)濡衣塚は、一行寺とは石堂橋を挟んだ対岸の川沿いに立つ石塚。その名の通り、〝濡れ衣を着せられる〟ということわざの由来となった塚。

 その昔、聖武天皇の御代みよに、ある男が筑前の国司として赴任してきた。男は妻と一人娘の春姫を伴っていたが在任中に妻が亡くなり、土地の女性を後妻に迎えて一女を授かった。ところが先妻の子の春姫をうとましく思った後妻が、漁師に「春姫様が釣りきぬを盗むので困っている」と訴えさせた。そしてその証拠にと、寝ている春姫の夜具の上に濡れた釣り衣を重ねて、その姿を夫に見せた。逆上した夫はその場で我が娘を斬り捨てた……。その後、父の夢枕に立った春姫が潔白を訴え

ると、男は我が子の無実を悟る。男は罠にはめた後妻を離縁し、石堂川のほとりに塚を建てて春姫の御霊を弔ったという。以後、博多ではこの塚のことを「濡衣塚」と呼び、今に至るも各々おのおのいましめとしている。

 余談ではあるが、乳児期の夢野久作に母乳を与えてくれた乳母めのとは濡衣の姫と同じ名で春ハルといった。

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