第6話


「まずは冒険者ギルドで話を聞いてみるかぁ」


 『それぞれの職業に もちはもちや 』ってヤツだ。俺は魔獣素材のことは獣皮紙や魔樹こぶインクくらいしか知らない。それならば、机のまえでうんうんと唸っているよりも、さっさと専門家に聞きにいくのが手っ取り早いではないか。


 冒険者ギルドに知り合いはいない。受付嬢に「新商品の開発のため、魔獣素材について話を聞ける方を紹介してもらえないか」と、ざっくばらんに切り出す。しばらく待たされたあとで奥から出てきたのは、白衣に長髪のひょろりとした男だった。


「査定部のダニロだ。素材について聞きたいとか?」

「文具屋のアルバだ。よろしく。インクに適した魔獣の体液がないか探している。専門家の意見を伺いたい」

「ほう……、インクか」


 ダニロは無精髭の生えた顎を撫で、眼鏡の向こうで目を細めた。頭のなかの知識を総ざらいするような目つきだ。こいつ、話せる人間だな。


「立ち話もなんだ、こっちへ来い」

「……! いいのか? 俺はギルド員でも冒険者でもないぞ?」

「素材を卸すときは立ち入りが許される。似たようなもんだろう」


 踵を返して受付の奥へ行くダニロを追いかける。パタパタと彼のサンダルが廊下を打つ音がする。俺は長身の彼についていくため、やや小走りになりながら、すれ違うギルド員たちの訝しげな視線にいちいち会釈を返した。


 通されたのは、全面タイル張りの部屋だ。まるで浴場のような仕様にきょろきょろしていたら、他の職員が近寄ってきた。


「お客様ですか、部長」


 部長っ? 思わず目を剥いてダニロを見上げる。気安く接してしまったが、想定よりもお偉いさんだった。


「うん。インクに使える素材が知りたい文具屋だ」


 簡潔極まりないご紹介にあずかって、笑顔を取り繕う。ダニロのことばに、査定部の職員たちが5、6人、わらわらと集まってくる。椅子に座らされた俺を取り囲み、侃侃諤諤かんかんがくがくの議論が勝手におっぱじまる。


「クラーケンの墨は?」

「あれは黒いだけだ。ひとが食えるくらいだから、虫も食うぞ」


 あ、そりゃいかん。こころのなかで早速クラーケンにバツを付けて、俺は周囲のようすを観察する。浴場のようだとは言ったものの、設えは長机がいくつか並んでいて会議室にも見える。そして、見るからに職員たちが暇を持て余していた。俺の視線が不躾だったか、脇からダニロが言った。


「繁忙期と閑散期の差が激しい部署でね。いまはヒマ」

「基本的に、僕らは自分たちで討伐するワケではありません。帰還した冒険者からの買取査定を行うのが仕事ですから、魔獣の大量発生が起こったり、大規模パーティーが凱旋したりすると、目が回るほど忙しくなるんです。そのぶんの余剰人員が雇用されているので、常日頃はのんびりと過ごせるんですよ」


 ダニロのことばを補足して、職員がていねいに教えてくれる。彼らはこうもあっさり言うが、繁忙期と閑散期があるのは結構たいへんなのでは。しかも、繁忙期が外的要因任せということは、自分の予定が立ちにくいということではないか。


「冷蔵、冷凍の技術はあっても、ナマの素材は腐りますからね! 手早く正確に査定しないと!」

「……そう、だよな」


 若干、引き気味に相槌を打ち、「ナマの素材……」と、つい繰り返す。わかってはいたが、嫌な響きだ。


「インクにするなら、魔石がいいんじゃない?」

「高くつくよ。貴族の道楽のためなら、それでもいいけど」

「あ、魔石は予算がついたら試してみる予定なんだ」


 口を挟むと、職員たちは頷き合う。やっぱり、最適解は魔石なのか。色も揃ってるし、わかってはいたけどなあ。


「魔石以外なら、竜種やリザード種の鱗を砕くのは?」

「ヤスリでも作る気かよ。書いた文字で手が削れるぞ」

「元から液体のほうが扱いやすいのでは?」

「体表の粘液はダメだな、スライムもアンデッド系も酸性だから、再利用には向かない。同じ理由で唾液や消化液もダメ」

「じゃあ、血液一択だな」


 ダニロがまとめ、俺を見下ろす。


「血液と言っても、涙や汗、乳汁も派生品だ。たとえば、妖精の涙は手に入りやすいが、量が少ない。量を求めるなら、暴れ牛ティラノワッカの乳。さっき話に出たクラーケンの墨と同様、食用になるから、そのままじゃ使えないが、防腐処理をする過程で虫除けもできるだろう。血液そのものなら、なんでも融通できるぞ。毒性が高いものもあるから、取り扱いには注意は必要だがな。血液の加工品なら、煮凝りやら血清やらがどこの薬屋にも置いてある。ほら、火蜥蜴サラマンドラの血清は、狭心症の薬として有名だろ?」



 ザッと説明された内容を、急いで帳面に書きつける。文字化したあとになって、俺はダニロを仰いだ。


「融通、してもらえるのか!」

「当たり前だ。新商品がかたちになれば、素材の査定額が変わる。冒険者の生活の安定に資する行為だ。それこそが冒険者ギルドの責務だろう。これまで廃棄処分していた部分は無料、それ以外は格安で譲ろう」

「素材がなるべく新鮮なうちに高値で買い取る。それが査定部のモットーです。人員が暇に見えても、決して無駄ではありません。すべては冒険者のためなんですよ?」


 職員たちが言い添え、笑い合う。ひとりが俺のペンを取って、余白にどこかの店名と簡単な地図を書いた。


「いまはここに素材がないので申し訳ないけど、この店に行ってみて。品揃えのいい薬屋だから、きっといくつか血液が手に入ると思う」


「ありがとう。行ってみる」

「健闘を祈るよ」


 快く知識を分け与えてもらった挙句、部員総出で部屋から送り出される。元来た廊下を歩きながら、ダニロが低い声で言った。


「アルバ。おまえ、その目、生まれつきか?」


 背の高いダニロには、色眼鏡も意味をなさなかったか。俺は肩をすくめ、肯定する。彼は少し言いあぐねたようだが、足を止め、こちらをむいた。

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