第5話 私は私の出来ることを

「俺は、王太子との婚約はミリアにとって悪い話では無いと思うのだがな……」


 父が眉を下げて、私を見た。


「私は、今の仕事を一生懸命やりたいの。それに、もし結婚をするなら、お父様とお母様のように愛し合える相手としたい」


 私が父にキッパリと言うと、決まりが悪そうに、顔をほんのり赤くした。


「そうよねえ、お互い想い合った相手と結婚するのが一番よね!」


 母はにっこりと笑顔で言った。


 母のいた世界では、政略結婚もあったけど、好き同士が結婚することが主だったらしい。


 サランデア王国の、国王に匹敵する程の地位にいる母の考えは、この国の貴族たちにジワジワと影響を与えていた。


 それでも国のため、家のため、バランスを考えられての婚姻が主とはされていた。


「それに、女の子は結婚するだけが幸せじゃないもの。もちろん、ミリアにそんな相手が現れれば良いなあとは思うけどね」


 これも、母が元いた世界の考えらしく、母はいつも私の気持ちを優先してくれていた。


 聖女の娘である私は、そんな母の考えに守られていて、幸せだと思う。弟のレオは、この侯爵家を継ぐため、そのうちそれなりの家から婚約者を充てがわれるだろうに。


 聖女としての役目も、侯爵家の娘としても役に立てない私。


 そんな自分が嫌になることもあるけど、あのサロンで、おじいちゃんやお客様の笑顔が待っていると思うと、前向きに生きていける。


「ルークもいい加減諦めれば良いものを……」


 おじさまが呆れたように笑うと、父も苦笑した。


「ミミと結婚出来なかったことを未だに引きずっているようだ」

「そんな両親のいざこざに巻き込まれるミリアが可哀想だぞ」

「わかっているさ。家格的にも、聖女の娘という立場も、揃っているから中々な……」


 国王陛下もお母様のことが相当好きだったようで。


 確かに、そんな執着めいた気持ちから、私にこだわられるのも迷惑な話で。


 でも侯爵家で聖女の娘。父の言うとおり、その肩書きが、陛下がこだわり続けても周りが反対しない理由。侯爵家のご令嬢なら他にもいるのに。


「まあ、俺もミリアの気持ちを優先するさ」

「ありがとう、リアム」


 父の言葉に母が微笑むと、二人は見つめ合って甘い雰囲気を作る。


 私たちはそんな二人の甘い空気もすっかり見慣れていた。


 父は侯爵家の当主で宰相も務める。陛下とはよく顔を合わせるから、板挟みになっているはず。


 申し訳無いなあ、と父を見つめていると、視線に気付いた母が微笑んだ。


「心配しないで、ミリア。いざとなったら私も口を出すから」

「ありがとうございます、お母様……」


 この国の聖女が私の味方で理解者。こんなに心強いことはない。


「ミリアはミリアの出来ることをやれば良い」


 父が優しく目を細めて言った。


 元々優しかった両親。私に聖女の力が無いとわかり、気落ちしてからは、増々気遣ってくれるようになった。


 そんな両親にも安心してもらえるように、私は私に出来ることをしよう、と強く思うのだった。


◇◇◇


「ガーディシアス元団長よりご紹介いただき、やってまいりましたノア・ロマンダと申します」


 次の日、おじさまの紹介で一人やって来たノア様。


 この隠れ家サロンは他のお客様と顔を合わせることのないよう、おじいちゃんたちが緻密にスケジュールを組んでくれている。なので、来店も一人、という決まりなのだ。


 金色の短髪がサラサラと揺れ、その深いエメラルドグリーンの瞳がこちらをじっと見ていた。


 にこりともしないその表情は、噂通りイケメンだけど、何を考えているのかわからない。


 おじさまは人懐っこい笑顔で話してくれるのに、ノア様は真逆のタイプだ。


「固い、固いぞ、ノア!」

「そうじゃぞ、ミリアちゃんが怖がるじゃないか!」

「……大司教様、元神官長様……?」


 向かいあった私たちを見て、横で見ていたおじいちゃんたちがツッコミを入れる。


 ノア様は、受付にいたおじいちゃんたちに気付くと、一瞬目を見開いたかと思うと、また無表情に戻った。


 今、驚いた?!


 その一瞬の表情の変化を私は見逃さなかった。


「久しぶりじゃの、ノア」

「大司教様……、こんな所で何をされているのですか」

「見てわからんか? 受付じゃ!」

「……大司教様が?」


 母付きの神官長だったおじいちゃんと、現役の大司教であるおじいちゃんは、顔が広い。もちろんノア様とも知り合いだったようで。


 彼は何をさせているんだとでも言いたげな目でこちらを見てきた。


 うん、そうだよね、そうだよね。受付にしては豪華メンバーだよね。うん、わかってる。


「予約のお時間が押してしまいますので、こちらにどうぞ、ロマンダ様」


 私は心の中で返事をしながらも、お仕事モードに切り替えて、ノア様を施術スペースに促した。


「君は、何者なんだ……」


 彼の問いかけをあえてスルーして、にっこりと微笑むと、私はパーテーションで句切られた区画へ歩き出す。


 彼も、渋々ながら私の後を付いてきてくれていた。


「こちらにどうぞ。上着は預かります。剣はそちらにどうぞ」


 私に警戒しながらも、言われるがまま、上着を預けてくれ、椅子に腰掛けるノア様。


 おじさま以外に騎士様が来るなんて初めてだわ。


 剣は騎士の命とも言えるもの。だからすぐ手が届くように置き場を作った。


 おじさま以外に使える日がくるなんて!


「ミリアちゃん用意出来たぞ」


 新しい顧客開拓に希望を抱いていると、おじいちゃんたちが、桶を持ってやって来た。

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