第4話 オディージュ家とおじさま

「大司教様たちは過保護すぎるが、ミリアを心配してのことだから」

「わかっています」


 私は苦笑いするおじさまに、へらりと笑ってみせた。

 

 あれから片付けを終えた私は、そのままおじさまの馬車に送ってもらうことになった。


 少し遅くなったとはいえ、沈みかけた夕日がまだ見えて明るい。


『沈むとあっという間に暗くなるぞ! 送ってもらえ!』


 教会に住むおじいちゃんたちに強くそう言われ、私はおじさまに甘えることにしたのだ。


「それにしても、私、本当におじいちゃんたちに守られてばかりだったんだなあ……」


 どおりで若い男性のお客様がいないはずだ。パーテーションだけとはいえ、男の人と二人きりになっちゃうもんね。


「ミリアもいい歳なんだから、婚約の話とか出ないのか?」


 溜息を吐いた私におじさまが答えづらい質問をするので思わず目を瞬く。まあ、おじさまなら何でも話せちゃうんだけど。


「父が全力で断ってくれています……」


 じっとりとした目でおじさまに言えば、それだけで伝わった。


「ルークのやつ、まだ諦めてないのか!」


 おじさまは呆れたように目を瞠った。


 ルーク様とは、このサランデア王国の国王陛下である。言わずもがな、母と浄化巡りに出た仲間の一人である。


 この国王陛下は、昔、父と母を取り合った、いわゆる恋敵だった。結局、母は父を選び、二人は結ばれた。聖女の意思を尊重するのが、この国。


 その後すぐに、国王陛下は隣国の王女を迎えてご結婚されたとか。


 この話はおじさまからよく聞いていた。


「だからって、娘を息子の婚約者に寄越せって横暴じゃないですか?」

「まあ、な……」


 私が頬を膨らませながら言えば、おじさまも、やれやれ、といった表情で答えた。


 そうこうするうちに、馬車は我が家の前に着いた。


「ジェイデン?」

「まあ、ジェイデン! 久しぶり!」


 おじさまのエスコートで馬車を降りるなり、両親の声が聞こえた。


 玄関ホールでは、母が仕事帰りの父を出迎えていた所だった。


「おう、ミミ、元気そうだな!」

「ミリアを送って来てくれたのね?」

「今日、ミリアの店に寄ったついでにな」

「ありがとう! よかったら夕飯食べて行って!」

「良いのか?」

「ああ、ジェイデン、ミミとは久しぶりなんだ。君がよければ」


 おじさまと両親は楽しそうに会話を続けている。


 父は、娘の私から見ても、母のことをかなり溺愛している。おじさまじゃなかったら確実に家には上げなかっただろう。


 綺麗な黒髪の母と、青い髪の父。


 私はどちらかといえば父よりのラベンダー色の髪。瞳は淡い青で、これも青い瞳の父よりだ。


 正直、母に寄らなくて良かったと思う。姿は似ているのに、聖女の力は無いのね、なんてことにはならないもの。


 あの綺麗な黒い髪は、この国では珍しく、誰が見ても聖女様だとわかる。


「お姉様、お帰りなさい」


 三人の会話を遠くから眺めていると、弟のレオがひょっこりと顔を覗かせた。


 私より3歳下のレオは、黒髪と黒い瞳をお母様からしっかりと受け継いでいる。この侯爵家を、父の跡を継ぐべく勉強中。


 このしっかり者の弟は、『聖女の息子』としても評判が良い。おかげで私も影を薄めて生きていけている。


 黒い髪が目立つせいで、誰の目にも『聖女の息子』だとわかってしまう、このプレッシャーを物ともせずに生きている弟は偉いと思う。


「お姉様?」


 偉い、偉い、と私は弟の頭をいつの間にか撫でぐり回していた。


「相変わらず仲が良いなあ」

「ジェイデンおじさま、こんにちは!」

「レオ、また大きくなったなあ」


 両親と話していたおじさまが、私たちの元に寄ってきて目を細めた。


「お姉様はおじさまと頻繁に会えて良いなあ」

「ふふふ。でも、私は仕事だからね?」


 羨ましそうに上目遣いで見る弟に、私は自慢げに話す。私たち姉弟は、小さい頃からおじさまのことが大好きなのだ。


「ねえ、僕、おじさまに剣を習いたい! そうしたらもっと会えるでしょ?」

「おお、そうだなあ」

「元騎士団長様に教えを請うなんて、贅沢ね」

「三人共、盛り上がるのはわかるけど、続きは家の中でしましょ?」


 今度は私たち兄妹がおじさまと話に花を咲かせていると、母から中に入るように促された。


 オディージュ侯爵家はみんなおじさまが大好きなのだ。


 玄関ホールでついつい長居してしまった私たちは、家の中に入った。そして、食堂で楽しく食事をした。


「はい、どうぞ」

「おお、ミミのハーブティーか?」

「ふふ、そうよ」


 食事後、話足りない私たちはおじさまとサロンにやって来ていた。


 母が皆にハーブティーを振る舞ってくれていた。


「お、いつもの味」


 おじさまがそう言うと、母は眉を下げて笑った。


「もう、ミリアってばすっかり私を抜いていっちゃうんだもの」

「お母様のおかげです」

「まだまだ手がかかって良かったのに、しっかりしちゃって……」


 右頬に手を添えて、母は優しく笑いながらも、溜め息を吐いた。


「はは、ミミの代わりに大司教様たちが甘やかしてるよ」

「アルーノもジャンも、後継に任せてあっさりミリアの元に行っちゃうんだから」


 アルーノは大司教様、ジャンは元神官長様の名前だ。


「小さい頃から見てきたミリアを手伝いたいっていう、親心だよ」

「二人とも、ミリアのことを本当の孫のように思ってくれてたもんね」


 私に聖女の力が無いとわかったとき、母は『普通の女の子として幸せに生きてくれれば良い』と言ってくれた。


 それでも、私は悔しくて悲しくて。


 そんなときに声をかけてくれたのがおじいちゃんたちだった。おじいちゃんたちがいなかったら、私は今こうして自分の仕事を持てていなかった。


「お母様のおかげで、おじいちゃんたちがいて、今の私がいるんだよ」


 私がそう言うと、母は何も言わずに、優しく微笑んだ。


「そうだ、今日はリアム、仕事が終わるの早いんだな」


 思い出したようにおじさまが父に話を振る。


「……陛下に呼び出されて仕事どころじゃなかったからな」

「ああ……ミリアか?」

「そうだ」


 父はちらりと私に目配せすると、溜め息を吐いた。


 ああ、また婚約の話か、と私はうなだれるのだった。

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