第3話 おじさまの頼み
「いてててて」
「腰に来てますね、おじさま!」
施術用のベッドの上にうつ伏せで横たわるおじさまの腰を、私はグイグイと押しながら声をかける。
「年かねえ、やれやれ」
うつ伏せたおじさまからは溜息が漏れた。
このベッドは、うつ伏せても苦しくないように、顔が来るところに丁度穴が空いている。
母の助言で父が商会に作らせた、私だけの施術用ベッド。息苦しくないので、そのまま眠りに落ちる人も多い。
「まだまだ騎士団の発展に助力してもらわないとって父が言ってましたよ」
「リアムは人使いが荒いんだよなあ……」
おじさまとはいつもおしゃべりしながら施術をしている。話したい人、静かに寝たい人。お客様もそれぞれなのだ。
施術メニューは足湯から始まり、その人の疲れによって変わる。
おじさまは最近、腰が痛いとおっしゃるので、背中から腰、足にかけて丁寧に揉みほぐしていく。
服の上に、これまた父懇意の商会から仕入れた大きめのタオルをかけて、その上からグイグイと押していく。
「うう、痛い、気持ち良い……」
おじさまからは素直な感想が漏れ出る。
私のこの母譲りの施術は、『痛気持ちいい』を信念にやっている。その、丁度良い所を探るのも、やり甲斐がある。
一通り揉みほぐした後、私はおじさまの背面を全体的に『連続チョップ』でトトトトト、と程よい力で叩いていく。
この『連続チョップ』は、母が私に教えてくれた時に言っていた言葉で、何だか響きが可愛くて気に入っている。
「ああ〜、良い〜」
おじさまの気持ち良さそうな声と共に連続チョップを終えると、私は流すように、背中から外に向けておじさまの身体をサッ、サッ、と払う。
「はい、終わりです! ゆっくり起きてくださいね」
「うわ〜、もう終わりか〜」
名残惜しそうに身体を起こすおじさま。
本当は延長してあげたいけど、遅れてきた分、閉店時間が押している。おじいちゃんたちを帰してあげたいし、今日の所はこれで。
「ありがとうございました」
起き上がったおじさまに私は一礼をした。
起き上がったおじさまは、乱れた衣服を整えながら言った。
「ミリアに相談があるんだが、良いか?」
「はい?」
おじさまの上着を背後から広げ、袖を通してもらいながら私は疑問形で答えた。
珍しい。何かしら?
パーテーションをずらし、おじさまと受付へ。
「おお、ジェイデン終わったか」
「どうじゃ? ミリアちゃんの腕は最高じゃろう?」
受付へ着くなり、おじいちゃんたちから矢継ぎ早に話しかけられるおじさま。
「はい。楽になりました。流石ですね」
おじいちゃんたちに当たり前のように答えるおじさまに、私は少しくすぐったくなる。
褒められるのは素直に嬉しい。そして、それが嘘ではなくて、本当に楽になったと喜んでくれているのがわかるから、増々嬉しい。
「お前も年なんじゃから、身体を大切にしろよ」
「はは、まさか大司教様にそんなことを言われるとは」
お会計を済ませながら、おじいちゃんの言葉におじさまが苦笑した。
「おじさま、それで、相談とは?」
「ああ、それなんだが……」
準備したハーブティーをおじさまに出しながら、私は問いかけた。おじさまは少し言いづらそうに、おじいちゃんたちをちらりと見る。
「俺の後継の騎士団長、いただろ?」
「はい、あの若くして抜擢されたという方ですね」
急に騎士団長の話になり、首を傾げながらも私は答えた。
「お会いしたことも無いですし、顔も存じませんが……」
聖女の力が無いとわかったあの日から、私は母に付いて外に出ることは無くなった。
『聖女の娘』もすっかり世間に忘れられているほど深層のご令嬢になった私。このサロンも、母の娘であることは伏せて運営している。最初のお客様、偉い肩書きの文官様たちを除いて、私の素性を知る人はいない。私のためにおじいちゃんたちが権力を使って、そのへんのことはうやむやにしてくれていた。
ただ、おじいちゃんたちが有名すぎるので、何者なんだ、と囁かれてはいる。凄い神官なんではないか、とかね。そのへんも、おじいちゃんたちの力で踏み込まれないようにしてくれていた。
ただの『ミリア』でお客様と接するのは楽しいし、気が楽だった。侯爵家で宰相と聖女の娘、なんて大それた肩書きは私には苦しいだけ。
そんな『ただのミリア』にはメイドさんたちも外のお話をいっぱいしてくれて。
新しい騎士団長様のお話ももちろん聞いていた。
若干21歳にして抜擢された凄腕の人で、滅多に笑わないクールながらも、そのイケメンぶりに、お城中の女子たちがキャーキャー言っていること。騎士団長様の目に止まろうと、行儀見習い中のご令嬢たちがこぞって群がっていること。
ここに来るメイドさんの最近の話題はそればかりなんじゃないかというほど、時の人だった。
そんな話題の人がどうしたんだろう?
メイドさんたちの話を思い出しながら首を傾げていると、おじさまが口を開く。
「新しい騎士団長、ノアと言うのだが」
「ノア様」
新しい騎士団長様はノア様と言うらしい。おじさまの言葉に続けて反復すると、おじいちゃんたちが痺れを切らした。
「ええい! はっきりせんか、ジェイデン! 何が言いたい?」
「大司教様、私は嫌な予感しかしません……」
大司教のおじいちゃんは怒り、元神官長のおじいちゃんは、怖怖とした表情をしている。
「ノアにこのサロンを紹介したい」
「なんじゃってええ?!」
「やっぱり!!」
おじさまの言葉におじいちゃんたちはそれぞれに叫んだ。
「ならん、ならんぞ――、このサロンに若い男なんぞ!」
「大司教様たちが若い男を受け付けないように手を回していたのは知っています」
「え」
怒るおじいちゃんたちにおじさまは申し訳無さそうな表情で続けた。
「しかし、ノアは私の可愛い後継です。団長になりたてのアイツの重荷を少しでも取り除いてやれる術があるのなら、俺はそうしてやりたいのです」
「だめだ、だめだ!」
「ノアは真面目な男です! 安心してください!」
「それでもだめじゃ!」
おじいちゃんたちとおじさまの会話は平行線。
でも、ちょっと待って?
「おじいちゃんたちが若い男の人たちを寄せつけなかったの?」
私の言葉におじいちゃんたちがピタリと止まる。
「ミ、ミリアちゃんを守るためじゃああ……」
「うん、わかってるよ、ありがとう」
オロオロするおじいちゃんたちに、私はにっこりと微笑んだ。
わかってる。全ては私のためだって。
いつも守られてばかりで。でも、それだけじゃだめなんだ。
困っている人がいる。そして、お世話になっているおじさまの頼み。
私はおじいちゃんたちとおじさまの目をしっかりと見つめて言った。
「そのご紹介、お受けいたします」
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