第2話 おじいちゃんとおじさまと

「遅れてすまない、ミリア!」


 受付でおじいちゃんたちと話しながら待っていると、ジェイデンおじさまが息を切らしてやって来た。


「今日はおじさまで最後なので大丈夫ですよ」


 このサロンは午前中から始まって、お昼休憩を挟んで夕方まで。


 私一人で回しているし、おじいちゃんたちをつきあわせているので無理が無い範囲でやっている。


「ジェイデン、遅いぞ!」

「ミリアちゃんを待たすでない!」


 紹介制でなおかつ予約性のため、時間にも余裕があるようにおじいちゃんたちがスケジュールを組んでくれている。だから、今日最後の予約であるジェイデンおじさまが少しくらい遅れても問題は無い。


 なのに、おじいちゃんたちはおじさまに向かって、ブーブーと文句を言っていた。


「もう、おじいちゃん! 知った顔とはいえ、おじさまもお客様なんですよ?」


 私がおじいちゃんたちに向かって窘めるように言えば、彼らはしゅんとしてしまった。


「はは、相変わらずだな」


 そんなやり取りを見たおじさまが笑って言った。


おじさまは元騎士団長。昔、母と浄化巡りをした仲間の一人だ。今はその任を退かれ、騎士団の育成にあたられている。


「おじさま、こちらにどうぞ」


 私はおじさまをパーテーションで区切られた部屋に案内する。


 男の人と二人っきり、という状況にならないために、このサロンの一室は受付から一部屋続きで、施術の場所はパーテーションで区切られているだけ。


 おじいちゃん二人による設計だ。


 おじさまを席まで案内すると、おじいちゃんたちがふくらはぎまである深さの桶を持ってくる。


 『フットバス』と呼ばれる母の世界にあった物を再現して父が職人に作らせた物。


 その桶におじいちゃんたちが魔法で水を張り、適温まで温度を高めていってくれる。


「うん、適温です。ありがとう、おじいちゃん」


 私が笑顔でそう言えば、先程までしょんぼりしていたおじいちゃんたちは笑顔になった。


 本来はこんなことに魔法を使わせる方たちではないのに。


 おじいちゃんたちが下がり、私は桶にラベンダーの香油を一滴垂らす。


「おじさま、どうぞ」

「ああ、ありがとう。良い香りだな」

「お父様が厳選した香油を揃えてくださるので」

「リアムも相変わらずだな」


 おじさまはズボンを膝まで上げると、桶に足を入れて、その彫りの深い顔に皺を作って微笑んだ。


 足湯の時間は、カウンセリングをした後は、ゆったりと本を読んでもらったりと思い思いに過ごしてもらうのだが、おじさまとはいつも世間話をしていた。


 おじさまも、私が小さい頃から可愛がってくれていた一人。父と母の兄的存在らしく、二人ともとても仲良しだった。


「私は恵まれていると思います。聖女の力も無いのに、沢山の方が力を貸してくれて……」

「ミリア、」


 私の言葉におじさまは眉尻を下げて、優しく語りかける。おじさまにはつい、弱音を吐いてしまう。


「聖女とか関係無い。君は自分の出来ることをやっているじゃないか」

「でも……」


 言いかけて、やめた。


 これ以上はおじさまを困らせるだけだ。


 聖女の才能が無いとわかったあの日。教会の聖堂の隅で泣いていた私に声をかけてくれたのは大司教であるおじいちゃんだった。


 小さい頃から母に付いて回っていた私を孫のように可愛がってくれていた、私にとってはおじいちゃんの様な存在。


『おじいちゃんと呼んでおくれ』大司教様も、母に付いていた神官長様も、私にそう言ってくれた優しい人たち。


『ミリアちゃんのリラクゼーションとやらは、聖女にも匹敵する才能じゃ。それを活かしてみないか?』


 大司教様はそう言って、私に居場所を与えてくれた。


 私が唯一腕を磨いて来られた物。


 大司教様は教会の一室を改装して、隠れ家サロンを作ってくれた。必要な道具は父が懇意にしている商会に受注して母と話し合いながら作ってもらった。


 母の付き人だった神官長様はその任を後継に託すと、私のサロン作りに加わってくれた。


 お客様も最初はおじいちゃんたちが文官の偉い人たちに声をかけてくれて、始まった。


 私は母のように癒やしの力は使えないけど。デスクワークの文官様たちの肩コリや目の疲れには、まさに私の施術がドンピシャで。


 疲れが取れたと喜んでくれるおじさまたちに、私は次第に心が救われていった。


 それから、お城で働くメイドさんの一人が、足が浮腫む、と悩んでいるのを聞いて、声をかけたら、メイドさんたちの間でもあっという間に話題になった。


 それからは、メイドさんたちのお給金で定期的に通いやすいように、お手頃な価格設定に変更した。


 代わりにおじいちゃんたちが、役職持ちの文官様たちにあれこれと見事にオプションを付けるものだから、金銭的にもちゃんと運営出来ている。


 本当に恵まれた環境の中で私は仕事が出来ている。


 聖女でもないのにこんなによくしてくれるのは、私が聖女の娘だから?


 そんな不安が心に淀む時もある。


 でも私はおじいちゃんたちの笑顔が、ジェイデンおじさまや父と母の、見守ってくれている優しい顔が、好きだ。


 そして、ここに来て、スッキリした顔をして、喜んで帰って行くお客様の顔が好きだ。


 聖女の娘のくせに、その力を持たない私が出来ること。それは疲れた人を癒やしてあげること。

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