教会の隠れ家サロン〜これは聖女の力じゃありません、リラクゼーションです!〜

海空里和

第1話 教会の隠れ家サロン

「お疲れ様でした」


 施術を終えた私は、気持ち良さそうに眠りに落ちていたお客様に声をかけた。


「ふあ〜、寝落ちてた……! 気持ち良すぎた!」


 黒い髪をお下げに結わえた可愛らしい女性は、お城で働くメイドさん。


「足がパンパンでしたね」

「最近、一人辞めて人手不足で」


 メイドさんは大きく伸びをすると、すくっと立ち上がる。


「わあ、足が軽い! いつもありがとう!」

「いえ、こちらこそありがとうございます」


 メイドさんが向けてくれた笑顔が嬉しくて、私も感謝と共に笑顔を向ける。


「また次も予約していい?」

「もちろんです! いつもありがとうございます!」


 仕切りのパーテーションをずらして、彼女を受付まで案内すると、おじいちゃん・・・・・・たちが笑顔で対応してくれる。


「ほっほっほ、次のご予約とお会計はこちらでどうぞ」


 メイドさんにハーブティーを出して、挨拶をすると、後は彼らに任せて、私はお部屋の掃除に向かう。


「もうすぐ次のお客様がいらっしゃるから急がなきゃ!」


 私は急ぎ足で先程のパーテーションで区切られた区画に向かった。


 ここは、教会の奥の一室にある、隠れ家サロン。


 一元様はお断りの紹介制サロンである。


 一元様お断りと言っても、紹介制のため、あまり人に知られることは無かった。でも今や噂が立ち、紹介してもらえる人を躍起になって探す方もいらっしゃる程だと、おじいちゃんたちから聞いた。


 お客様は殆どがお城に勤める人たち。デスクワークの文官さんたちは、役職を持ったおじさまたちばかり。何故か若い男性は来ない。


 その代わり、お城のメイドさんたち、若い女性が多く利用してくれている。


 行儀見習いで通うご令嬢たちは自身のメイドがいるため、ここに来ることは無い。ここに来てくれるメイドさんたちは、『仕事』としてお城に勤める人たちばかり。たまに、どこかの家付きのメイドさんも紹介でお休みの日にこっそり来てくれたりもする。


「準備、整ったよ」


 部屋の掃除を終えた私が戻ると、受付ではおじいちゃん二人が話をしていた。


 おじいちゃんたちは私を見つけると、口々に言った。


「ジェイデンは遅れるそうじゃ」


 大司教という立場ながら、現場は後継に任せて、私のサロンに付き合ってくれている恰幅の良いおじいちゃんが、やれやれ、と言う。


「騎士を引退したんだからのんびりすれば良いのに、今日は指導の日みたいですね」


続けて、母付きで神官長だった細身のおじいちゃんが言う。


「お前もミミ様付きを引退したのに、こうしてミリアちゃんと働いておるではないか」

「大司教様こそ、皆に引き止められながらもミリア様と過ごされているではないですか」

「わしは本当は引退して、孫のように可愛いミリアちゃんと過ごしたいのに、周りが許してくれん。ならば、必要な時だけ、と籍を置いているだけに過ぎん。後継にはいいかげん育ってもらわねばの」


 ほっほっほ、と二人が笑い合う。


 そう、このおじいちゃん二人は、とってもとっても偉い人なのだ。


 その偉い人が何故私に付き合ってサロン経営をしてくれているかというと、母が聖女だからである。


 母、ミミは異世界から召喚された聖女でこの国の救世主である。この国の現宰相、父と結ばれ、私が生まれた。


 私が生まれる前、この国は瘴気で溢れ、魔物が蔓延っていたらしい。


 それを母が仲間と一緒にこのサランディア王国を魔物を倒しながら浄化して回ったらしい。


 おかげで、この国は、今は平和だ。


 それでも完全に瘴気を取り払えた訳ではなく、騎士団によって定期的に魔物討伐が行われている。


 母も、騎士団の治癒や浄化といった聖女業を未だに担っている。


 私も、小さい頃は母に付いて、聖女業を見て学んでいた。母の娘である私にもその才能があるんじゃないかと期待されていたし、自身でも期待を持っていた。


 いつかは開花する、と思われた才能はいつまで経っても開くことは無く。私には聖魔法が備わっていないことがようやくわかった。


 酷く落ち込んだ私に、今の隠れ家サロンを開くように勧めてくれたのが、当時(今もだけど)大司教だったおじいちゃん。


 私は聖女業とは別に、母から教わっていることがあった。


 それが『リラクゼーション』というものだった。


 元の世界で『セラピスト』と呼ばれる仕事をしていたらしい母は、仕事で疲れて帰ってくる父に、『施術』と呼ばれる言わば、マッサージをやってあげているのを見て、見よう見まねで私もやりだした。


 母の施術の後、父はスッキリとした顔をしていて、私は魔法のようだと思った。


 むしろ、小さい頃はこれも聖女の力でだと誤解していた。


 夢中になった私は、母に教わりながらやるうちにメキメキと上達していった。そして父だけに収まらず、当時可愛がってくれていた大司教や神官長にまで施術を施すようになっていた。


 父も、二人も、喜んでくれるので、私は増々腕を磨いていった。


 自分で研究もするようになり、母が「もう教えることは無い」と言った13歳。


 国で、魔力判定を受ける儀式があった。


 皆に期待されながら受けたそれで、私は「魔力無し」と判定されてしまった。


 それから、『聖女の娘』は表舞台から姿を消した。

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