第14話

 拳を振り上げた瞬間に、指を鳴らす方がはるかに早いことに気がついてしまった。

 小気味よい音がなると、俺の腕に真紅の炎が燃え広がった。

 無数の針で貫かれるような感覚が腕から脳にかけて走った。


「ぐ……」

「クリハラ!」


 ココが俺の名前を呼ぶ。

 このスキルに水は効かない。いくら魔法に秀でたココでもどうしようもないはずだ。もちろん、テレポートで逃げたとしても燃え続けるだろう。

 だからこそ、誰も手出しができない。


「どうだ、オレに手出しはしない方がいいぜえ。友達は傷つけたくないしよお」

「なら、この炎を消せよ。あの人たちも放火魔を友達にはしたくないだろうさ」


 朝比奈は不敵に笑った。

 良心に訴えかけて、どうにかなる相手ではないことは百も承知だ。話しかけて隙を作る。

 触れさえしてしまえば、こいつと俺は同じ土俵に立てる。後は殴るだけだ。


「会話で俺の気をひこうとしたって無駄だぜ」


 心臓が跳ねる。

 お見通しか、人の心情を利用するのが得意なやつだったな。

 どうする。


「っ……」


 痛みで意識が飛びそうだ。実際の炎と違って、皮膚にダメージはそこまで通っていなさそうだが、生命エネルギーを燃やされているみたいだ。


 考えている間にも、燃え広がっていく。


 不意に、肩を誰かに触られたような気がした。


瞬間移動テレポート


  耳元で囁かれた涼しい声はココのものだ。

 バリバリと、空間が引き裂かれる音が聞こえた。

 そういうことか。相手の不意を突くにはその能力が一番有効だろう。俺にはない機転の効かせ方だ。


 気がついた頃には朝比奈の真後ろに俺はいた。

 燃える腕に青色の光を宿す。二色は混ざり合って、禍々しい赤紫色に変化する。これまでお前に搾取されてきた奴ら全員の恨みの色だ。

 気づかれる前に、全力で朝比奈の後頭部を殴った。

 確かな手応え、だが、びくりとも動かない。能力によって回復するはずの腕に痛みが。


「痛ってえなあ、でも効かねえ。その女のスキルか……便利そうだな」


 おかしい。エナジードレインが全く通用していない。


「どうやらオレのスキルと同系統みたいだなあ、繰原。類は友を呼ぶってところかあ? 相手の生命エネルギーに関与するスキルは、レベルが離れすぎていると効かないぜえ」


 おいおい、知らなかったぞ。アルルさんも説明してくれなかった……ってこっちの世界の常識をわざわざ教えてくれはしないか。「守り」の件も然り。

 異世界転移者選定試験の合格者にはそもそも、強い力が付与されるはず。だから、俺と変わらない時期に転移してきた朝比奈のレベルが俺よりも格段に高いんだ。


「良心で教えておくが、オレのレベルは50だ、追いつけやしないぜえ」


 周りがざわめくのがわかった。よっぽど高い数値らしい。

 どうする。物理攻撃も、スキルも効かない以上手の打ち用がない。


「今日はこの辺にしとかないか?」

「いいや、オレの頭を殴った落とし前はどこでつけるつもりだよお?」


 俺の腕を先に燃やしただろうが。

 振り向いた、朝比奈が俺に手をかざしてくる。

 何をする気だ……⁉︎


 その瞬間、眩い光と爆音が食堂に炸裂した。

 数秒経って、視覚と聴覚が復活すると、目の前にはアルルさんが立っていた。

 彼女がやったのか?

 音と光だけで、実際に爆発が起こったわけではなさそうだった。


「はいー、ギルド内での戦闘は、処分ものですよー。アサヒナさん、冒険を続けられなくなりますけど、大丈夫そうですかー?」


 かなり挑発的な態度だ。


「わかってますよ、しょうがねーなあ。オレ達は報酬をもらったらすぐにまた冒険に出ますよお」


 渋々、朝比奈はアルルさんの忠告を受け入れた。突っぱねそうなものなのに。


「いくぞ」


 サシャの父親親も含めて、四人は立ち上がって渋々朝比奈の後ろについていく。


「わたしも行くね」

「ダメだよ」


 例え父親について行ったとしても、ただの人質になるだけじゃないか。そんなことをこの子には言えないけれど、そう思う。


「あなたには私の子を守れませんでしょう。私のそばにいるだけで、まだマシなのですよ」


 疲れのにじむ、しゃがれた声でサシャの父親は言った。俺には確かにこの人たちを助けられる手立てはない。悔しいが、何も言えない。

 

 これだけはあいつに聞いておこう。


「……朝比奈、お前は何のためにこんなことをするんだ?」

「う〜ん? 何でか、と聞かれるとなあ? あえていうなら『異世界に来たら強い仲間達と冒険』が定石だろお? 楽しみたいだけなのさあ」


 なるほど。冒険者ギルドで依頼を受けて仕事をこなすのが楽しくてこんなことをしているから、アルルさんの言うことを聞いたのか。

 ただ、脅している時点で、怖がらせている時点で、仲間とは言えない。だから朝比奈は正しくない。

 俺は絶対に、あの親子をあいつから救ってみせる。他の三人もだ。


 朝比奈は手をひらひらと振って、受付に向かった。アルルさんとは別の受付嬢が、硬い笑顔で報酬を手渡している。


「大丈夫でしたかー?」

「はい、大丈夫です。お騒がせして申し訳ありません」


 腕は痛むが、致命傷ではない。

 

「ならよかったですー。いいえ、よくありませんよー。次騒ぎを起こしたら、罰則ですからねー」

「私はクリハラが正しかったと思います」


 ココは淡々と述べた。擁護してくれるとは、いや、自分も加担したからか?


「決まりは決まりですー、とは言え……」


 アルルさんは朝比奈達が出ていくのを目の端で確認すると、俺の胸にしなだれかかってきた。


「ありがとうございましたー、みんなアサヒナさんに何も言えなかったんですよー。レベルがレベルですからね。ところでー、昨日の夜、あなたのことを待ってたんですからねー」

「はあ⁉︎」


 アルルさんが「後で私のところに来てください」と言っていたことを思い出した。離れようと思ったが、制服の袖をぎゅっと掴まれていることがわかった。

 足が震えている。

 飄々とはしているけど、本当は怖かったんだな。

 しばらく俺はされるがままになることにした。

 

 




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