第13話
「いやあ、久しぶり、久しぶり。ってそんなに時間は経ってないのか。こっちの世界は刺激的で、あっちのことなんて忘れちまうぜ、なあ?」
「きゃ!」
朝比奈はサシャを手で押しのけると、そのまま俺の肩に手を回してきた。
突き放したくなるが、我慢だ。状況の把握が先だ。
「あの試験に合格したやつは、それぞれ遠くに配置されるって聞いてたけどなあ、面白いから別にいいや、おいなんとか言えよお、繰原」
サシャの父親を含めて、四人、彼らは朝比奈に脅されて仲間になっているのか。それを避けるために食堂に人が全くいないに違いない。
「久しぶりだな朝比奈。また、お仲間ごっこをしてるのか? お前も飽きないな」
「ごっこじゃないぜえ。昨日も命をかけて戦ってきたんだからよお」
ああ、確かに懐かしな、この感覚。教室での俺たちの関係性と同じじゃないか。
俺がやっとの思いで西大附属に入学して初めてできた友達がこいつだった。学校で話しかけてくれるのは嬉しかったし、肩を組んでくれるやつなんて今までいなかったから、心が躍った。
学校が始まって数日間、朝比奈は俺のことを遊びに誘ってくれていた。俺には試験を突破するという目的があったから、トレーニングと勉強をするためにそれを断り続けた。そのせいかはわからないが、いわゆるスクールカーストというやつが気がつかない間に形成されていて、俺はその底辺に位置していた。
朝比奈はトップだ。そりゃそうだ、誰に対しても対等に振る舞っていたのだから。でもトップでいられることが決定付けられるとその態度は大きく変わった。
俺と友達であることをネタに昇華させていった。朝比奈が俺と肩を組めば、クラスで笑いが起こった。「友達だから」という理由で、俺のものを無理やり奪っていった。
そうなってから朝比奈は遊んでばかりで、俺は内心馬鹿にしていたのだが、試験が出来レースならそりゃ遊ぶはずだ。あいつの方がおかしくて仕方がなかったに違いない。
まあ、友達料と称して金を奪っているようなやつだったから、人間的に馬鹿にはしているけれど。
別の世界に行っても人間の本質は変わらないんだな。
赤色の髪と服だけが変わっている点だ。
「アサヒナ……合格者リストに載っていた名前ですね。クリハラのご友人ですか?」
「違う」
「でしょうね」
ココは肩をくすめる。
「お父さん!」
サシャは背の高い髭を長く生やした、細身の男に駆け寄っていった。髪は色素が薄いが緑色だ。
「サシャ、どうしてここに……くるんじゃない!」
「なんで、そんなこというの?」
父親は朝比奈の様子をチラチラ伺っている。魔法で名を馳せたサシャの父親が、脅されるぐらいなのだからよっぽどの理由があるに違いない。
「いいじゃあねえか。娘との再会を喜べよお、さっきの冒険も疲れただろうしなあ」
「おい、お前はこの人たちに何をしたんだ」
朝比奈はニヤニヤとしてた笑みを崩さない。
「人聞きが悪いなあ、ちょっと尻に火をつけてやっただけじゃねえかよ。冒険には危険が付き物だからなあ」
朝比奈は指をぱちんと鳴らした。
「ぐ……お」
サシャの父親が膝から崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か⁉︎」
サシャの父親の尻あたりで火が燃えていた。真紅の炎が燃え盛っていた。面白くない冗談だ。正しくない。
食堂にあったピッチャーを掴んでそのまま中身の水をかけるが火は消えない。
「なんで消えないんだ⁉︎」
「オレのスキルは、
スキルか、こいつを倒す以外に消す方法はないはずだ。
「おい、やめろ。これ以上やったら死んじまうぞ」
「お父さん! お父さん!」
あのサシャが泣いている。戦うか? でも、触れたもの全てに火をつけられるとしたら、俺にも火がつくということだ。
どちらか決めかねていると、朝比奈はまた指を鳴らした。火は消え、煙が立ち上った。サシャの父親は苦しそうにうめいている。
その行いは正しくない。
「いくぞ、お前ら……そうだ、娘は使えるなあ」
朝比奈は、何を思い立ったのか振り返って、手を持ち上げた。
もちろん、その先はサシャだった。
父親は、絶望の表情で自分の娘を見つめていた。
「おい、ちょっと待てよ。お前を倒せば、火はつけられなくなるよな」
「はっはっは、クリハラ、面白いこと言ってくれるじゃねえかよ」
俺が拳を振り上げるのと、朝比奈が指を鳴らすのはほぼ同時だった。
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