第12話
「記憶を抹消する魔法をかけてもいいですか?」
ココは黒板消しでなぞったような無表情で俺に言った。
魔法が暴走することもあると知った俺としては、生まれてからの記憶が全て消されてしまうような気がして、その提案は受け入れ難い。
それにあの記憶は墓場まで大切に持っていきたいものだ。流出するわけじゃないし。
「忘れるから、抹消はやめてくれ」
「そうですか。忘れるなら、それでいいんです」
強制的に執行されてしまうものだと思っていたのだが、提案は潔く受け入れられた。
それからなんとなく気まずくなって、ぎこちない会話が続いたが、サシャが時々話題を振ってくれるおかげでなんとか間が持った。
どっちが子供なのかわからないな。
すでに夜が更けてかなり時間が経っていたので、俺たちは寝ることにした。シングルサイズよりも少しだけ大きいベッドで、サシャをサンドウィッチみたいに挟む姿勢で俺たちは寝転んだ。
電気を消す作業をやってみる。宝石から生命エネルギーを受け取る作業なので、中身がなくなってしまえばそれ以上のことはない。今回は失敗することなく完遂できた。
「なんだか、わたしたち家族みたいだね」
サシャは眠たさを滲ませる声で言った。
「そ、そうだな」
なんとも微妙な例えだと思ったが、人の息遣いを感じながら寝るのは随分久しぶりのことだな、とは思った。
ココからの反応はない。世界の間を行ったり来たり、俺に説明をしたりと、気を使うこともたくさんあっただろうし、疲れて眠ってしまったのだろう。
スキルは体力を使うから、世界の扉を開いた消耗は計り知れない。
しばらくしてサシャも寝息をたて始めた。
俺は目を瞑って、家族三人で仲良く寝ていた子供時代と変わり果てたその後に思いを馳せる。
5歳までは幸せに、生活をしていたと思う。それこそ週末にピクニックに出かけるぐらいには、仲が良かった。悩みがあっても、それは等身大の子供が抱えるようなものだった。
けれど、父親が経営する工場が買収され、両親が職を失ってから生活は一変してしまった。母親はアルバイトを始めたけれど、たいした収入にはならなかったし、父親は酒ばかり飲んで働かなくなってしまった。俺たちにお互いを思いやる余裕なんて無くなった。
見下してくる奴はあとを絶たなかった。
他人の不幸せが、自分の幸せにつながるわけでもあるまいに。
だから俺は、他人が見下せないような絶対的な力を持って、工場を買収したあいつらや、学校で何か能力があるわけでもないのに威張り散らしていたあいつらに自分の無力を思い知らせる。
試験を不正に突破したそうだから、この世界で会うこともあるだろう。良い機会だ。
力を持っているから偉いというわけじゃないんだ。そんなものいくらでもひっくり返る。
お互いを尊重することが正しいはずだ。
だんだん、意識が薄れてきたな。
俺も試験の結果を聞いて絶望したり、異世界に来たり、モンスターと戦わせられたりしたせいで、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっているみたいだ。
体が浮いていくような気がした……。
「クリハラ、起きてください。朝ですよ」
体をゆすられる感覚で、意識が覚醒した。
もうすでにココは身なりを整え終わっていた。背広をきちっと着込んで、髪は二つにくくられている。いわゆるツインテールというやつだ。少し幼い顔立ちにとても似合っている。
「そんなにみないでください。変な想像をしないでください」
「みてはいるが、想像はしてないぞ!」
「私の裸を見てきた人の言うことなんて信用できません」
よっぽど恨みがあるみたいだ。だが、言いがかりだ。
「俺はわざと見たわけじゃないぞ!」
「むにゃ」
お、サシャを起こしてしまったらしい。ほぼ開いていない目で天井を見つめている。
「う……ん、おはよう~」
「おはようございます。サシャ」
「おはよう」
ゆっくり起き上がって、俺の顔を見ると、
「レディーの寝顔を見たら死ぬんだよ」
「怖いな」
この世界にはそういうことわざみたいなものがあるのか? サシャはレディーというにはまだ若すぎるが、あえてそれは口にしないことにした。ろくなことにならないだろう。
俺たちは受付でチェックアウトを済ませると、食堂に向かった。
席に案内される前に、俺と同じくらいの歳だろうウエイターが焦った様子で俺たちに小声で話しかけてきた。
「今はやめときな、ほら、あいつがいるからさ」
「あいつって誰だよ」
ウエイターは歯がゆそうに、眉を八の字にした。
「知らねーのかよ、お客さん。アサヒナだよ。強いやつを脅しては仲間にしてるって噂の……」
アサヒナ? まさかな。
五人を覗いて他は誰もいない。深紅の短髪を揺らしながら、馬鹿笑いしている男に、周りが愛想笑いをしている。
「お父さん……? お父さん!」
サシャが手を上げて走り始めた。
「サシャ! 止まれ!」
俺はなんとなく嫌な予感がして叫ぶが、もう遅い。赤髪の男はすでに振り返っていた。
「お前わぁ……もしかして、繰原くんじゃねーか? 何でここにいるんだよ」
人懐っこい笑みと共に片手を挙げて挨拶をしてきたのは
知り合いではあるけれど、友達じゃない。彼とは友達だった時期があるけれど。
彼より独善的な人を俺は見たことが無い。
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