第15話
俺はアルルさんの震えが収まるのを待ってから距離を取った。
「やめてくださいよ、急にベタベタしないでください」
「ふふ、優しいですねー、クリハラさんは」
顔が熱い。 上目遣いでアルルさんは俺の目を覗き込んでくる。
「突き放しておいて、優しいも何もないですよ」
「そういうことにしておきましょー。じゃあ、ついてきてくださいー。昨日の続きです」
ついて行って良いものか考えたが、迷いのない足取りでアルルさんが進んでいってしまう。放っておくわけにもいかないので、早歩きで追いつく。
ココは無表情で俺たちについてきた。怒っているんだな。
俺たちが連れてこられたのはアルルさんの自室、ではなく、売店だった。
「クリハラさん、お買い物、一緒にしませんかー?」
アルルさんは売店に置いてある、長い剣を指さした。甘い声だ。
確かに冒険者を続けるために武器は必要だと思うが……、どうしてこれが昨日の続きなんだ。
「武器は必要だと思うけど、どうして今?」
「そうですねー、クリハラさんには早急にレベルを上げてほしいのですー。「守り」とスキルを使えば……こんな言い方をしたことは秘密にしてほしいのですけれどー、アサヒナさんを懲らしめられると思ったのですー」
俺のレベルがアサヒナと比べて低すぎたことが、スキルが発動しなかった原因だ。俺の「守り」は人よりも数倍レベルが上がりやすいという特性らしいから、追いつけはしなくてもスキルが発動できるレベルには持っていけるのではないかということか。
「それは一理あるし、俺はどっちにしろやるつもりでしたよ」
「それなら、よろしくお願いしますー。ふふ、私がおねだりしたら買ってくれるお客さんは多いんですけどねー、クリハラさんには通用しませんでした。実はこれが昨日の続きです……怒ってます?」
「このタイミングで⁉︎ いや、その、怒ってないですけど」
そんな意図があったのか⁉︎
ああ、ここで俺の女性経験のなさが露呈するとは、まあ、逆に良かったのか?
アルルさん、良い人だと思ったんだけどな。仕事熱心だということにしておこう。
ギルド内でのいざこざを止めた直後には売店で、剣を売りつけようとしているのだから。
「私はなんとなく察してましたけどね」
だから不機嫌だったのか。
「まあ、冗談です。気が紛れるかと思ってやったことですのでー、気にしないでくださいー。私達冒険者ギルドからお願いしたいくらいですからー、半額割引しますー。誰も、何も言えない状況で立ち向かってくれましたしねー」
言いながらアルルさんはくすくすと笑った。初めて本心から笑っているような気がした。
「サービス」と言っていたし、元から少しは割引をしてくれるつもりだったのだろう。
「そういうことなら、買っておきましょう、クリハラ。実のところ私の懐も少し怪しかったので」
それから俺たちは売店の中を見て回った、かなり広く、食品から武器から、魔法に使う宝石やら、何でも売っていそうだった。
闘技場での戦いを見て、剣士を目指すよりかは拳闘士になった方が良いだろうということで、グローブを購入した。そこまで高くない買い物だったので、身軽に動けるかつ丈夫な防具も同時に買った。
やっぱり男のあこがれとして、剣は使ってみたい。練習はして、いつか使えるようになろう。
ということで練習用の木剣も購入した。
報酬の五割を渡すことになるのだから、買えるだけ買ってもらっても良いだろう。
「ここが魔石のコーナーですー」
魔法を使うための石を魔石と呼ぶらしい。
大きさも色も透明度も様々で、点描のアートを見ているみたいだ。
「どれがいいのか分からな……どれが良いとかありますか?」
「どれがいいか分からないってー、貴方が選ぶわけじゃないんですからー」
俺がしょうもない冗談を言ったかのような反応だ。
「クリハラ、目をつぶって、この魔石たちに心の中で話しかけてください」
「わ、わかった」
言われた通りにした方が良いだろう。最低限の常識はあると思われていた方が良いだろうしな。
アルルは不思議そうに俺たちのやり取りを見つめている。
俺は目をつむった。
(おい、魔石たち、聞こえるか?)
しばらくして。
(きこえるとも)
(わしもー!)
(あたいもー!)
(誰がこいつの契約相手になる?)
(こんな乳臭いガキはいやよ、私達と話慣れてないみたいだし)
甲高い子供のような声が大量に返ってきた。小学校の先生になった気分だ。
ディスられてないか? 話慣れてないのは事実だが。
(我はこの人と契約を結ぼうと思う。そなた、名を申せ)
俺か?
元気の良い女子中学生のような声で俺は名を聞かれた。
しゃべり方とのギャップがすごい。
(繰原匡だ)
(そうか。良き名だ、我は代々歴史を動かすほどの人物たちと契約してきた。我と契約するか? 他のやつらがその気がなさそうだから選択肢はなさそうだが)
他の魔石たちは俺と契約をしようとしている魔石に「見る目が無い」と非難している。
言っていることが本当だったら、こいつと契約するのは悪くないのではないか?
他の魔石達はどうやら俺と契約する気はなさそうだしな。
(お前と契約する。名前は?)
(ふん。我は嬉しいぞ。名はコルハジャだ。『推薦者』とも呼ばれておるな。まあ、こっちの名前は気にするな)
(ん? わかったコルハジャ。俺に力を貸してくれる代わりに、俺は何かを差し出せばいいんだな?)
(話が早くて助かる。我は、「異世界の知識」を欲する、力を借りたいときになんでも教えるがよい)
え、俺はまだ何も言っていないぞ。
なんでこいつが俺の出自を知っているんだ?
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