第10話

 心拍数が下がらない。あれだけ露骨に誘われたのは初めてだ。残念ながら、誠に遺憾ながら、俺には女性経験がほとんどない。ココと手をつないでしまったぐらいではどうも思わなかったが。

 バレないようにそっと、スーツとネクタイに隠された胸を見てみる。うーん、大きさが感じられない。


「やっぱり、クリハラってエッチだよね」

「え⁉ 何のことだ?」


 サシャはつぶらな瞳をこっちに向けながら首をかしげる。


「どうしてそんなに驚くの?」

「い、いや、なんでもない。それより、楽しみだな」


 俺たちはアルルさんからの説明を聞き終えた後、ギルド内にある食堂に来ていた。

 サシャはグルグルとお腹を鳴らしている。


「うん! 楽しみだね! クリハラのこと食べてもいい?」

「いや、やめろ‼」


 サシャは口からよだれを垂らして、俺に急接近してくる。見るからに悪そうな大人にパンで釣られるような子だ。よっぽどお腹がすいているのか、食いしん坊なのか。


 ここでは冒険者が討伐してきたモンスターの肉が食べられるのだとか。美味しいのかどうかはわからない。


「クリハラ、これからどうしますか? 私の家にいくこともできますが、ここからは少し遠いので、宿に泊まるろうと思うのですが」

「そうだなー、家には来てほしくないと思うし、泊まろうかな。宿泊費と、食費は後々返すってことで」

 

 ココはちいさく頷いた。


「ギルドの二階は、宿になっていますし、今日はそこで泊まりましょう。でも、今日は持ち合わせが少ないので、私と同じ部屋になると思います」

「ああ、わかった……って」


 じっと俺のことを見つめているけれど、感情が読めない。いいのか? 俺に手を触られただけであんなに嫌がっていた子だぞ。

 同じ部屋ということは、同じベッドで寝るということじゃないか。いや、それは俺が床に寝れば解決することだ。


「今から、ギルドで依頼を受けれないのかな?」

「夜はモンスターが凶暴化するのでやめておいた方が賢明ですね」


 即答。

 どうしても譲ってはくれないみたいだ。どうにでもなれ。

 アルルさんに対抗しようとしているような気がするが、気のせいか?


「今日は三人でお泊りだね! やった! 家族旅みたい。クリハラがお父さんで、ココがお母さん!」


 意図があるのかないのか、サシャはいつもと変わらない調子で言った。

 気まずい沈黙が流れる。

 

 しばらくして料理が運ばれてきた。

 スライスされた肉で若干赤みを帯びている。中料理に出てきそうなエビせんべいのようにウエーブしており、皿いっぱいに盛られていた。

 匂いも海鮮に近いような気がする。

 運んできた店員によると、「巨大陸エビのステーキ」なのだそうだ。

 ソースも添えられていたのでそれをかけてみる。


「いただきます」


 ココとサシャが俺の方を見てなにか言いたげだ。


「なんですか、『いただきます』って?」


 そうか、食事前に「いただきます」を言うのは日本人だけだったな。なまじ言葉が通じるだけに失念していた。


「食べ物になってくれた動物とか、料理を作ってくれた人とかに感謝する言葉なんだ」

「へー! いい言葉だね!」

「そうですね。私も食べ物には敬意を払うべきだと思います」


 そう言って二人は、見よう見まねで手を合わせた。


「「いただきます」」


 サシャはナイフとフォークを掴んで口の中に放り込み始めた。

 ナイフとフォークを使うのは地球と、変わらないんだな。

 肉を口に含んでみる。

 

「うん、美味しい」


 わずかに臭みはあるけれど、程よい硬さと油から出る、旨味が最高だ。ソースは酸味が聞いている。

 ガジョマルといい、酸っぱいものが好まれるのかもしれない。

 

「そうだ、あの何とか神の守りってやつについて教えてくれないか?」


 俺はアルルさんに言われたことを思い出しながらココに話題を振ってみた。


「ん……、まずこの世界の神話と一緒に説明しなくてはなりませんね」


 ココは肉を飲み込んで、声を潜めた。

 神話は誰でも知っているのかもしれない。それを大声で俺に説明していれば目立ってしまうだろう。サシャに説明しているように、はたからは見えるのかもしれないけれど。


「神話?」

「そうです。簡単に説明します。まず、この世界には元々魔物しかいなかったんです。魔物は死にませんから、それを面白くないと思ったのか、死が存在する知性を持った生物を作り出したんですよ。虫や、植物は元からいたんですけどね。それぞれの生物を作り出した魔物がやがて神と呼ばれるようになったんです。彼らはすでに概念を超越して、この世に姿を見せることはありませんが、たまに気に入った生き物にささやかなプレゼントをすることがあるんです。それが「守り」ですね」


「俺は神様からプレゼントを貰ったってことか。俺にプレゼントをくれたなんとか神はどの生物の担当なんだ?」


 願わくばエルフであれ。


「なんとか、じゃなくて、タルマハジャ神ですよ。人間の神です」


 なんだ……人間の神か。人間が、人間の社会が嫌いで仕方ない俺が気に入られるなんて、皮肉だな。

 俺は貧乏性だから、貰えるものは貰うけれど。


「人間が人間以外の神から守りを授かるなんてこともあるのか?

?」

「ありますし、神の下には「天使」と呼ばれる魔物がいて、そのさらに下には「妖精」と呼ばれる魔物もいます。彼らが守りをさずけることはよくある話です」


「わたしも、まもりを妖精さんから授かったよ!」


 と、サシャは授業中に元気に手を上げる生徒みたいに言った。




 





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