第5話

 後ろを振り返ると、巨大な拳が迫ってきていた。俺は反射的にそれを避けようとする。

 たが、俺がいなくなった後の拳の先は女の子に向いている。


 しまった!


「守って! ……効果を現せ!」


 ココが叫ぶと、小さな水晶の塊が女の子の前に現れた。これは、スキルじゃなくて魔法か。仕事だからと割り切って、何もしてくれないだろうと思っていたが、意外と温情があるんだな。


 拳は水晶にめり込んでから止まった。


「なっ、こんなにも高度な魔法を使えるやつが、なぜここに‼︎」


 どの程度が高度な魔法なのかはわからないが、男が怯んでいるのは確かだ。

 今しかない。


 足に力を入れて、思いっきり跳躍するとともに、拳を顎に叩き込む。

 右手に衝撃が走ったが、そのまま振り切る。

 すると、胸の中で火が灯ったかのような感覚が生まれた。右手が青色の光に包まれていく。そしてみるみる自分の中に力が生まれてくるのがわかった。


「うっ、ス、スキル……」


  その言葉を最後に、男は地に倒れた。乾涸びたように頬が痩せこけているのは気のせいだろうか。


「っはあ……はあ」


 大した運動量じゃないが、緊張の糸が途切れて、息が切れる。

 水晶の盾が燐光と共に消えた。

 女の子は目を見開いて、がたがたと震えている。


「大丈夫? 怖かっただろ」


 俺が手を差し伸べると、それにつかまって立ち上がる。

 そういえば、思いっきり顔に振り切ったはずの右手が痛くない。


「……あり、ありがとう、お兄ちゃん。お礼は今度絶対するから、名前を教えて?」


 気丈な子だと思った。自分の身の安全よりも、助けてもらった礼を優先するなんて。

 俺は善意の代償に何かを受け取ったりすることはない。そう、仕事じゃないんだし。


「俺の名前は繰原匡くりはらたすくだ。君の名前は?」

「私はミルヘルム・スキャット・サーシャっていうの。みんなはサシャって呼んでるよ。クリハラタスク……珍しい名前だね、この国の人じゃないのかな」


 スキャットはミドルネームか。おそらくミルヘルムが家の名前でで、サーシャがこの子の名前だろう。


「ミルヘルムって、あのミルヘルム家ですか?」


 ココがすごい形相で割り込んでくる。

 サシャが俺の後ろに隠れる。


「驚かすなよ。このお姉ちゃんは、ココって言うんだ。さっき魔法で守ってくれたのはこの人だよ」


 サシャはココの前に出て、律儀にお礼をした。


「サシャはやっぱり有名な家の子供なのか?」

「そうね、この国では有力な元貴族の家よ。どうしてそんな子がここにいるの……」


 元貴族? まあ、いろいろ事情はあるのだろう。


「わたしはね、お父さんを探しに来たの。仕事に行くって言って、もう一か月も帰ってきてないの」


 サシャは目を潤ませる。

 それは確かに一大事だし、探しに行きたくもなるだろう。


「お父さんはどんな仕事をしてるの?」

「魔法の研究をしてるよ」


 ココは「その道では有名な人なの」と俺に耳打ちをした。


「そうね、冒険者ギルドに行けば何かわかるかもしれないから行ってみましょうか。依頼も出せると思うしね」

「仕事のついでに済ませようとしてないか? 家に帰した方がいいんじゃ?」

「必死で探しに来たのに、悪人に絡まれただけじゃ、この子もかいわいそうよ」


 家で野良猫を買おうとして駄々をこねる子供みたいな顔をココはしている。子供には甘いのか。


「わかった。この世界のことはココの方が詳しいだろうし、そうするか」


「この世界?」

  

 サシャが不思議そうに首をかしげる。


「えっとね、ちょっと大げさなんですよ、クリハラは」


 サシャは笑った。納得はしてくれないだろうが、そこまで気にはしないだろう。

 というか、異世界からやってきた人間は珍しくないのだと思っていた。


「外の世界からやってきた人たちって強いんだってね。守ってくれてありがとう、クリハラ!」


 子供らしい、純粋な反応だった。隠す必要なんてないのかもしれない。


「よし、冒険者ギルドに行くか。サシャもそれでいいか?」

「うん! 元々行こうとしてたところだもん」


 ただ探し回るだけじゃなくて、それなりに考えがあって動いていたのか。


「それじゃあ、行きましょうか。私達も元々行こうとしてましたから」


 冒険者ギルドというと、歴戦の猛者たちが集う場所、みたいなイメージがあるが、子供を気安く連れて行っても大丈夫なものだろうか?


 倒れている大男から、スマホを回収する。画面をタップしてみると、ちゃんと起動した。壊れてはいないみたいだ。


 拳を交える前に撮った写真と倒れている男を見比べると、歴然とした違いがあった。

 明らかにやせ細っている。


「それはあなたのスキルのせいでしょうね。どうやら、エナジードレイン系みたいです。どの程度ものかはわかりませんが」


 エナジードレイン、その名のごとく相手から体力を奪う能力か。確かに手が青色に光った瞬間に力が湧いてきた気がした。

 ココは淡々と話すので、期待通りだと思っているのかどうなのかよくわからない。


 これが「生きていけるだけの力」か。俺の求めていたもの。強者から体力を奪えるなんて、俺のやりたいことそのものだ。

 これで、親父の工場を買収したあいつらにも、強い気になって無茶苦茶やってくれたあいつらにも復讐できるかもしれない。


 俺は正しいと思うことをやるだけだ。

 あいつらは正しくないから、消えてもらう。それだけだ。


 ゴミはゴミ箱へってね。


 騒ぎを起こしたせいか、俺たちの格好が目立つせいか、人が集まり始めた。治安のいい場所ではないし、早くずらかったほうがいいだろう。


 行こう。冒険者ギルドへ。





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