第2話
夢から覚めたように、いやどちらかというと夢を見始めたように、世界が、空気感が、俺を取り巻く全てが切り替わった。
「ようこそ、循環の世界へ、そしてメトカーフ王国へ」
「おお……」
色とりどりな石造りの住宅街が並んでいるが、ヨーロッパのそれとは違う。青々とした空と、太陽に似た恒星が浮かんでいることは同じだが、それを目指して聳え立つ高層ビルまでもが石造りだという点が違っていた。そこかしこに浮かんでいる透明な、宝石のような物体は夜になると光るのだろうか?
憧れの、未知の世界に俺の胸は高鳴った。
すでに試験に落ちた落胆は俺の中から消え去っていた。
八百屋やら本屋やらレストランやらが多い。ここは繁華街なのだろう。
意外に街を歩いているのは、獣人でも亜人でもなく、ただの人間ばっかりだ。顔つきや顔色が地球の人間とは全く違うけれど。
「大丈夫ですか? そんなに間抜け面をしなくても驚きは伝わってきますよ」
「大丈夫だし、間抜け面は余計だ!」
感情がどうにも読めない顔で、ココは淡々と述べた。というか、やっぱりこの子の格好は異世界では普通というわけではなさそうだ。
通り過ぎる人々は俺を含めてだろうが、視線を向けてきている気がする。
俺の実家の家業が、服飾系だったせいもあって、やっぱり服装は気になってしまうな。俺自体が詳しいわけではないけれど。
「カフェにでも入りましょうか。いろいろ説明したいことも聞きたいこともあるでしょうからね」
「カフェ?」
この世界にもあるのか、そりゃ人が住む街なら普通はあるか。胡散臭い名刺といい、カフェで説明をされたり、情報商材でも売りつけられるのか、俺は。
「そうです。何か不思議ですか? それと、手、離してください」
あ、思わず握りしめてしまっていた。
離してやると、ココは嬉しそうに自分の手を見つめた。初めて表情が変わったな。
俺に触られるのがそんなに嫌だったのか? なら最初から掴んでくるなよ。
カフェの内装は日本ほぼ変わらなかった。店員に案内されて席に着くと、メニューを手渡された。文字は名刺が読めるようになったことに関係があるのだろうが、メニューに何が書いてあるかは分かったが、それがどういうものなのかが分からなかったので、取り合ずココと同じものを注文した。
俺たちのほかに客はいないみたいだった。
「じゃあ、まず自己紹介を。私の名前はココ。異世界転移仲介業者をしている者です」
名刺をもう一度俺に差し出してきた。ついてきてしまった以上今更断れない。受け取って財布にしまった。
「俺は学生だから、名刺はない……」
「いいえ大丈夫です。16歳のクリハラタスクさん、ですよね。もう知ってます」
何故知っている、と問いたいところだが、俺の試験結果を知っているぐらいなのだ。知っていて当然なのかもしれない。
異世界人に
「わかった。ココって、苗字とかないのか?」
「ただのココですよ。それは置いておいて、なぜあなたをこちら側に呼んだかを説明しますね」
俺の話など意に介さず淡々とココは話を進めていく。
「まず、あの試験は全く機能していませんでした。昔はしていたのでしょうけれど、権力者の息子や、金を積んだものが10位以内に収まっています。真っ黒ですね。成績は全員、それなりに良かったのですが」
……。確かに不透明な部分の多い試験だったが。まさかね。
俺の苦労は何だったのだろうか。運動テストと、知能テストがあったのだが、それの対策にどれだけの時間を費やしたか。
また、俺は金持ちに邪魔をされたのか。怒りで今にも叫びたい気分だ。拳を握りしめて溜飲を下げる。
多分、10位以内に入っていたのはあいつらだ。
明らかに教師から贔屓を受けていたあいつら。何をしても許されていたな。
俺は成績が良かったから目についたのか、物を盗まれたり、殴られたりと色々されたものだ。試験の結果に響くから、教師には言えなかったし、されるがままになっていた。
そして特に、俺の父親の工場を奪った男の息子、「
この世界にくるならちょうどいい。全員、ぶっ倒してやる。
「そ、そうか。続けてくれ」
俺は意識を無理やり現実に引き戻した。
「は、はい。得られる力が強大なだけに、そうなってしまうのは自然の摂理だとは思いますけど。ちゃんと実力がある人が不憫です」
少し顔が暗くなった。人を思いやれるぐらいの心は持っているのか。
「そもそも、高度な知能と体力を持った若者を見つけるための試験ですからね。だから、私が別口で調査してあなたを誘ったというわけです。知能も体力も紛れもなく優れているであろうあなたを」
聞いていてなんだか後ろめたい気持ちになってきた。もちろん、嬉しいが、俺がそこまでの結果を出せたのは……
ひたすらにIQテストと名の付く問題を一日10時間解き続け、毎日10キロのランニングと、ハードな筋トレをこなし続けていたおかげなのだから。愚直にそれらをこなしていただけで、特別なことは何もしていない。
そもそも、工夫したり頭を使うことは得意じゃない。ただ単純作業なら無限にこなせてしまうというだけなのだ。
「そう言ってくれるのはありがたいけど……」
「というわけで、契約の話に移ります。こちら側の世界への橋渡しをした代金に、あなたには高い能力を使ってお金を儲けてもらい、その何割かを私が頂きます」
有無を言わさず、ココは俺の支払う金額について語り始めた。
仲介業者なのだから、当たり前のことなのかもしれない。でも、こっちに来る前に説明してほしかったものだ。
営利目的なら、後ろめたさが消えるからそこは良いけど。
「まだ、引き返せるよな?」
「無理ですね。世界と世界をつなぐにはそれなりにお金がかかるので」
即答か。まあ、何も得ずに帰るつもりはないけれど、引き返せない所まで来てからお金を取られるのはちょっと……。
悪徳業者じゃねえか。
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