最終話 ミライ ノ カタチ

 電車を降りると、改札を出て、そのまま真っ白なハイタワービルディングに入っていく。

 エレベーターにセキュリティーカードを差し込むと、専用モードに切り替わり、あたしたちが向かうべく階に自動的に招いてくれる。

 最新型のリニアレール型エレベーターは振動もなく、本日も快適なり、なんてことを思っていたら、もう到着だ。

 ドアが開くと、そこには、


「おはよう! 麻友ちゃん!」

「おはよう……って、ここでは主任よ!」

「あはは! もう、硬いなぁ~」

「まあ、いいわ。それにしても、由美と同居するようになってから、遅刻なしね」

「うっ………」


 そう。あたしはとして有名になっていたのである。

 ぐいっとあたしの横に由美ちゃんが出てきて、


「先輩のお世話は上から下まですべてやってあげますわ!」

「ゆ、由美ちゃん!? か、介護じゃないんだよ!?」

「老後もバッチリ!」


 由美ちゃんがあたしに対して、サムズアップ。

 あたしはがっくりと肩を落とす。


「だから、介護じゃないんだから……」

「まあ、自堕落が祟ったわね。諦めなさい」


 由美ちゃんはケラケラと笑い飛ばす。

 あたしはキョロキョロと見渡す。


「あれ? お兄ちゃんは? 千尋お姉さまもいない?」

「こら! 所長と副所長ってちゃんと言いなさいよ!」

「まあまあ、他の従業員は今、この場にはいないんだし?」

「普段から言ってないと、ミーティングの時に誤って言っちゃうわよ?」

「うっ! それは気を付ける……」

「まあ、いいわ。今、所長と副所長はモーニングをしてるんじゃないかしら?」

「じゃあ、行ってこようかな!」

「「え?」」

「え?」


 あたしの言葉に、二人が驚きの表情を投げてくる。


「えっと、言ったわよね? モーニングをしてるって」

「朝ご飯でしょ?」

「…………………悟りなさいよ」


 あたしの能天気な問いかけに、麻友ちゃんは気難しそうな表情をする。

 あー、そういうことか……。


「朝のモーニングで活きのいいウィンナー喰ってるのね!」

「こ、こら! 大きな声で言わないの!」

「え? あたしは何も言ってないよ? モーニングの話ですぅ~!」

「本当にこの子は!」


 麻友ちゃんは釣り目にしながら、怒りをあたしにぶつけてくる。

 その振り上げた左拳の左薬指にはキラリとプラチナにダイヤモンドがあしらわれたリングが輝いている。

 そう。お兄ちゃんが選んだのは、二人と結婚するってこと。

 そのためには日本では認められていない多重婚を認めてもらえる国に、引っ越しをしたわけ。

 千尋お姉さまと麻友ちゃんは、この地に引っ越してきて、二人ともにお兄ちゃんが告白をしたらしい。最初は千尋お姉さまが少し怒ったみたいだけれど、麻友ちゃんの気持ちも理解していた千尋お姉さまが最後は折れて、二人と結婚することが叶った。

 結婚式の日のことは今でも覚えている。

 幸せそうな千尋お姉さまと麻友ちゃん。

 そして、その傍にいる二人の子ども。

 千尋お姉さまは笑顔だけれど、麻友ちゃんは自分も幸せにしてもらえるなんて思ってもなかったみたいで、ずっと涙を流していた。

 あー、良いなぁ……、あたしもあんな結婚式を挙げたい……。そう感じた日だった。

 目の前のエレベーターのドアが開き、お肌が艶々な黒髪美人が下りてくる。あと、朝なのにちょっぴり瘦せこけたお兄ちゃんも……。


「千尋? 吸い過ぎよ……。優一が大変なことになっているじゃない!?」

「え? 私はそんなに吸ってないわよ。小分けにしただけ♡」

「いや、小分けでも総量は十分に吸い取られているから……」


 麻友ちゃんの的確なツッコミが冴える。

 が、そんなことは気にも留めない様子。

 何やら千尋お姉さまにとっていいことがあったような気がする。


「ち、千尋お姉さま、おはようございます! 何だか機嫌が良いですね」

「おはよう! 美優ちゃん! 聞いて聞いて! 実は、バストサイズが麻友を上回ったの!」

「そ、それは凄い!」


 て、ちょっと待って? 千尋お姉さまって高校時代もそうだし、大学時代も清楚可憐な優等生で務まっていたのよ?

 それがまさかの朝から下ネタ?

 おっぱいが大きくなったのが嬉しいって……。


「これは毎日、優くんに揉んでもらっているおかげね!」

「ちょっと千尋? それはおかしくない? あたしだって揉んでもらっているはずなんだけど?」

「愛が違うのよ、愛が!」


 ドヤァと左手を見せつけてくる。いや、麻友ちゃんについているのと同じ結婚指輪なんだけど?

 てか、どういうマウントの取り方なの? 何だか、ちょっとしょぼくない? このやり取り……。

 このやり取りに巻き込まれたくない。

 だって、あたしは誰もが羨む爆乳美少女なのだから!

 

「由美ちゃん? ここはラボに退散しない?」

「ええ、その方が良いかと思います」

「じゃ、行こっか」


 二人の言い争いを横目にラボへと立ち去ろうとしたとき、


「お兄ちゃん、二人に対して、本当に最良の決断をしたんだね」

「み、美優……」

「んふふふっ! ちょっと今の格好良かったんじゃない?」

「いきなり真面目なムードをぶっ飛ばすな……」

「ま、でも、あたしも結構幸せだよ。こうやってお兄ちゃんと一緒に仕事ができるんだからさ!」


 そう。それは嘘ではない。

 あたしはお兄ちゃんが好きで、高校もお兄ちゃんの学校を選んだ。

 でも、その好きは家族として、兄妹としての好きで、結婚できるものではない。

 だからこそ、こうやって一緒に仕事ができることは、嬉しくてたまらない。

 そんなあたしの細やかな願いを叶えてくれたお兄ちゃんには、感謝しかない。

 振り返ると喧嘩していた二人はいつの間にか、お兄ちゃんに宥められていた。

 二人とも、お兄ちゃんからキスをされて、大人しくなっている。

 いや、チョロすぎるでしょ!

 でも、その照れている二人の顔を見ると、何も言わなくても、幸せが伝わってくるのだった。

 何やかんやで主導権はお兄ちゃんが握っているってことだもんね。


「幸せ者だなぁ~」


 あたしはそう独り言をつぶやきながら、自身のラボに向かっていくのであった。

 あたしもそんな恋がしたい。

 それはまた近い未来の話——————かもしれない。



【終幕】

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