第210話 ふたりの彼女。

「あなたって、本当の大馬鹿ものね……」

「ひぃんッ!」


 私は昼休みに麻友と一緒に食堂でランチをした。

 いや、一応、報告をしておかなければならないと思ったからだ。


「あんたねぇ……。そりゃ、あたしたちの寿命は長いのは分かっているけれど、そんな悪魔とどうして取り引きなんかするのよ……?」

「え? だって、優くんを助けるための唯一の手段みたいだったし」


 私は目の前の「新鮮卵と削りたてチーズのカルボナーラ(サラダ付き)」をフォークでパスタを巻き巻きしながら答える。


「そりゃ、まあ、そういう状況だってのは分かるけれど、猶予とかなかったの?」

「うーん。なかったよ。あの時はもう優くんは息の音が止まりそうな状況だったし……。それにあの悪魔に蝕まれていく優くんの姿は見るに堪えられなかったし」

「あ、そう。じゃあ、仕方ないか……。で、両親には言ったの?」

「もちろん、言ったよ~」

「で、反応は?」

「お父様は泡吹いて倒れてたわ」

「マジで?」

「大マジで。」


 そう。あの後、お父様とお母様に「呪いの血」に関する報告と、優一さんを救うために仕出かしたことを説明した。

 案の定、私のことを命に懸けて守ろうとするお父様は泡を吹いて目の前で倒れた。


「で、千代さんの反応は?」

「愛の集大成とか言って、涙を流していたわ」

メンタルが鋼で出来ているの?」

「まあ、鋼くらいだったら曲がるわよね……。今まで曲がったことがないから、チタンかジュラルミンかしら……」

「まあ、あり得ない話じゃないわよね……」


 いや、納得するんかーい!

 思わず私は、ツッコミを入れてしまいそうになる。

 それにしてもお母様はああは言っていたものの……。


「心配はさせるべきじゃないわよね」

「うん。それは分かってる」


 そう言うと、私は巻き巻きしていたパスタを口に運ぶ。

 うん。美味しいなぁ。

 こういう小さな幸せを噛みしめるための必要な犠牲だったのだ。

 私の寿命を半分、悪魔に捧げるというのは—————。


「あ、そう言えば!」


 麻友が何かを思い出したかのように箸をおく。


「な、何よ? いきなり……」

「ねえ、優一を今日は見かけてないんだけれど、どこにいるの?」

「え? ゆ、優くん?」


 私は思い出すように虚空に目をやる。

 が、どうやら、それを麻友は見抜いたのだろうか。


「あんた……。また、搾り取りすぎたんじゃないの?」

「し、失礼ね……。ちょっと夜だけじゃ物足りなくて、朝にも………」


 はい。犯人は私ですよ。

 昨日の夜、一緒にベッドインした後、優一さんが私の胸をつついてきたのが悪いのよ……。

 思わず気持ちよくなってきちゃって、そのままパジャマの胸元のボタンをはだけさせると、野獣のようにむしゃぶりつく優一さんがいて……。

 優一さんがあまりにもテクニシャンだから、下半身が潤ってきちゃって、しっかりと栓をして貰ったら、止まらなくなっちゃったのよねぇ……。

 で、朝、優一さんの寝顔を見ると、可愛くて、頭を撫でていると、突如の幼児退行(!?)のごとく、お胸に吸い付いたのである。

 舌で転がされると、気持ちが昂ってきちゃって……。


「あー、何て言うのかなぁ……。今もベッドで寝てると思う」

「はぁ……」

「ゴ、ゴメン……」

「あんたさぁ、ちゃんと協定結んだでしょ?」

「うっ!? 確かに……」

「協定を結んでいるのに、それを反故しちゃうっていうの?」

「そ、それはいけないと思います……」

「だよねぇ。だから、ちゃんとルールは守ること! いい?」

「あ、はい……」

「今度約束守らなかったら……。そうね。優一を私が貰っちゃうわね」

「そ、それはダメ!!!」


 思わず私は席を立ちあがり、叫んでしまった。

 あ、つ、つい…………。

 周囲の生徒たちが私たちの方に視線を向けてくる。

 私は学校内では、清楚可憐となっているのだ。

 だから、このように叫んでしまうのは、やや問題……。いや、大問題だ。

 私は何事もなかったかのようにさらりと髪を梳くと、そのまま着席する。


「いやぁ、本気を見せられちゃいましたね」

「だって~、優くんを奪うとかどういうつもり? あんたも悪の秘密結社のひとりなの!?」

「違うに決まってるでしょ。単に、優一とデートをしたいと純粋に思っただけよ」

「で、でもさぁ……」

「とにかくもう少し自重しなさいよ。生徒会室がいつのまにか、徒会室になっちゃうわよ?」

「ううっ!? 自分に戒めの魔法でも使っておこうかしら……」

「普通はそんなもの使わなくてもいいのに……」

「だって、好きが溢れちゃうんだから仕方ないでしょ?」

「うわ。あたしも優一のことは好きなんだけど? それに————」


 そう言って、麻友は自分のお腹の方を指さす。

 そ、そうだった……。

 麻友も妊娠してるんだったわ!

 だから、今日のランチも体に優しいものをふんだんに使ったメニューを敢えて選んだのね……。

 ダイエットをしてるんだとか思っていたけれど、そうじゃなかったのね……。


「これって、一夫多妻って感じよね? あ、もしかしたら、美優ちゃんも入ってくるのかしら……。由美は興味なさそうだけれど……」

「絶対に美優ちゃんの介入だけは阻止します~~~~~~~!!!」


 再び、私は周囲からの視線を一極集中の如く受け止めたのであった。

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