第209話 恋人の命の代償。

 黒い立方体のような箱に触れると、凄く冷たいものを感じた。

 とはいえ、この中にいる。

 私の恋人が……最愛の人が—————。

 冷たさを軽減させるために、全身の周りにコーティング魔法を唱え、そのまま中に入る。

 暗い闇。

 その中に一筋の光ができる。


「この奥に優くんがいるの?」


 尋ねれども、返事は来ず。

 先ほどまで一緒にいた子どもの姿は消えていた。

 と、言っても、迷ってなんかいられない。

 死の淵を彷徨っていると言われたのだ。

 急いでもいいくらいの状況なのではないだろうか。


「よし! 気合い入れて行っちゃお!」


 私は深呼吸を一つ置いてから、歩み始めた。

 コーティング魔法のおかげで冷たさはそれほど感じない。

 一筋の光が導いてくれているものの、そこまでの行程で周囲には様々な景色があった。

 それは暗い歴史。

 彼にとって、嫌だったであろう思い出………。


「こんなことが……。優一さんはどうしてこのような経験をされてもまだなお、人に対して優しいのでしょうか……」


 壮絶な人生の歴史を見せつけられた先に、光が集約している場所があった。

 そこには一人の少年が倒れていた。


「優くん!?」


 私は叫び、彼のもとに近づく。

 そっと抱き起すと、その体は周囲の冷たさが体温を奪ったのか、それともまた異なる何かの要因によって起こったのか、冷たくなっていた。

 が、顔に耳を近づけると、ふっと弱いながらも息が吹きかかる。


「生きてる!」


 そう。優一さんは弱いながらも生きていた。

 さっき寝室で見たその姿とは異なる。

 助けなきゃ————。

 そう思うと同時に、何かできることはないかと考える。

 魔力を注入すれば?

 そうだ。眷属で唯一可能な組成手段だ。

 そして、口づけをしようとした瞬間にバジッ! と電流が流れて無理やり引きはがされる。


「ど、どうして………」


 私は拒絶されたことに対して、驚きを隠せない。


【………捧ゲヨ………】


 脳髄の奥に重く響き渡る声。


「誰!?」


 周囲を見渡しが誰もいない。

 私は声の主を探そうとするが、そうは上手くいかないようだ。

 周りはやはり闇に閉ざされたままだ。


【……汝ノ魂ヲ捧ゲヨ……】


「魂ですって? どうして、そんなものを捧げなければならないの?」


 私は憮然とした態度で言い返す。


【コノ男ノ 魂ハ 我ガ 手ニ入レタ……。死神デアル、我ガ………】


「死神ですって!?」


 そうか。優一さんが弱っていたところに、魂を狙いに行っていたんだわ……。

 もっと警戒をしておけばよかったのに……。


「魂はあげられない。私はこの人とともに生きたいから……」


【サスレバ 貴様ト 契約ヲ結バナイカ……】


 契約……。死神との契約……。

 果たして、そんなものを信用していいのだろうか。

 私は一気に不安になってしまう。

 しかし、死神に優一さんの魂を取られている以上、人質同然の話である。


「言ってみなさい?」


【貴様ノ余生ノ 半分ヲ頂ク……】


 私たち吸血鬼の人生は人の寿命に比べると非常に長い。

 それに私はまだ、それほど長くも生きていない……。

 渡そうと思えば渡せなくはない。

 とはいえ、果たして、お父様やお母様にそのあたりの相談をしなくてもいいものだろうか。


【コノ男ノ 魂ノ時間ハ 限ラレテイル……】


 すぐに結論を出せってことね……。

 私は一つため息をつくと、声の主に向かって宣言する。


「構わないわ。私の寿命の半分をあなたに捧げます。その代わり、優くんを助けてください」


【……分カリ申シタ……】


 そう死神は言うと、カッと眩しい光に包まれる。

 私はいてもたってもいられず、手で目を覆う。

 光に包まれると同時に体から何かが引き抜かれるような違和感を感じ、そして、そのあと気を失った。

 ……………………………………

 ………………………

 ……………




 瞳を開けると、そこは見知った部屋だった。

 そう。私と優一さんの愛の巣。つまり、寝室だった。


「目が覚めたんだね……。ちぃちゃん」


 私の頭上から聞こえてきた声に私は意識を覚醒させる。

 チラッとそちらの方を見ると、笑顔の優一さんがいた。


「ゆ、優くん? 本物なの?」

「ボクの偽物がいるの?」

「いない! 優くん! 優くんなんだね!」


 私は泣きじゃくりながら、優一さんを抱きしめる。

 優一さんのぬくもりを感じる。

 ああ、この匂い。

 間違いない。優一さんの匂いだ—————。


「優くん、無事でよかったです」

「ちぃちゃんも、儀式はきっちりと成功したんだね?」

「はい! ちょっとお尻の穴が緩くなっちゃったかもしれませんけれどね」

「そ、それは一生を懸けて、君のことを愛してあげないとね」

「ああっ! もう! そういうことを突然いう! 私も優くんに一生を添い遂げますね!」


 私はそう言うと、彼をさらにギュッと抱きしめた。

 そう。こういう幸せのために犠牲を払ったのだ。

 もう、これからはこの人と一緒に幸せな生活を送っていきたい……。

 そう、私は心に誓った。

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