第208話 それぞれの愛のカタチ。

 真っ白な何もない空間。そこに私は取り残された。

 周囲を見渡しても何もない。

 うん。本当になにもないんだけれど……。


「ここはどこかしら……。私は優くんが光っていて、その光に取り込まれちゃったのよね」


 とはいえ、無機質なそのなにもない乳白色な空間は、違和感しかなかった。


「ここは優くんの中かしら……」


 とはいえ、その場で突っ立っていても何も始まらない。

 私は途方もない広さのその空間を歩き始めた。

 別に太陽が照り付けているわけでもなく、温かい春にょうな柔らかい風が行く方向から吹いてくる。

 そちらに何かがあると訴えかけてくるようなその風が————。


「この違和感しかない風は何なのかしら?」


 しばらく歩いていくと、何やらドアが見えてくる。

 黒い重厚な鋼鉄の扉。


「これは扉……よね?」


 私は周囲を見渡すものの何も見当たらない。

 そして、その扉から漏れ出てくるのが先ほどから何もない空間を流れている風だった。


「入らないと、次に繋がらなさそうね」


 私は意を決して、扉を開ける。

 と、そこには真っ黒な闇が広がり、私はその闇から突如出てきたゲル状の化け物に体を絡めとられた。


「———————!?」


 気づいた時には時すでに遅し。

 先ほどまでいた扉から漏れ入る明かりは一瞬で消え去った。

 扉は閉ざされた—————。




 ピクリと体が動く。

 私はどのくらい気を失っていたのだろう。

 うっすらを目を開けると、そこには闇夜が広がっていた。

 私や麻友のような種族は、夜目が利く。

 周囲には破壊された建物や倒壊しかけたビルなどが立ち並んでいる。


「さっきまでのが無の心だとしたら、今度は負の心かしら……?」

「ピンポーン! 正解!」

「誰っ!?」


 振り返ると、そこには幼稚園児くらいの子どもが立っていた。

 どこかで見たことがあるような顔のした………。


「もう、誰って酷いなぁ~、ママ」

「ママぁ!?」

「そうだよ? ママはママだよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……。それじゃあ、あなたは私と優くんの子ども?」

「うん。そうだよ。あ、でも、直接的にはママのお腹からじゃないかな? 前にお世話してくれたじゃない」


 もしかして————。

 私はハッと気づいた時には、その子はすでに私の身体に抱き着いていた。

 布切れ一枚も着ていないその体に—————。


「何で私、服を着てないの?」

「え? この部屋に入った時からだよ。じゃあ、いただきま~す!」

「えっ!? えっ!?」


 その子は勢いよく、私の胸に吸い付く。

 舌でコロコロと転がされて、私の全身の力が一瞬で脱力してしまう。


「ふわぁぁぁぁぁ………」

「もう! ママ! ちゃんとおっぱい出さなきゃ!」

「そんなに簡単に出るわけないじゃない! てか、優くんに似て、扱いが上手すぎるぅ~~~♡」

「あれ? ママ? 違うところから、お汁が溢れてる」

「そ、それは舐めたらダメなの! それは優くん……パパだけのもの!」

「でも、パパはいないよね?」


 そう。優一さんはさっき、息絶えているのを見てしまっている。


「パパと一緒にいたくないの?」

「いたいわよ! 優くんのことをずっとずっと愛しているのだから……」

「ボクとどっちが好き?」


 意地悪な質問を投げかけてくる。

 旦那様と自分の子どものどちらが好きか?

 そんなの決まっている—————。


「そうね。その答えは少し複雑だと思うの。私は優くんのことを旦那様として、個人として愛しているわ。それこそ、好きっていう感情でね。でも、あなたに対しての愛とは形が違うの。子どもに対してもつのは、家族としての愛の感情。つまり、大事にしたいものとしての愛だと思うの。だから、守りたいっていう気持ちが愛の中から溢れてくるわ」

「じゃあ、ボクが生まれたからと言って、ボクのことを見捨てたりしない?」

「もちろんよ。私が学業で忙しい時は、あなたにとってのお祖母ちゃんが見てくれるし、帰ってきたら一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒のお布団で寝ることができるわ。もちろん、いつまでもママのおっぱいばかり追いかけていたらダメだけどね」

「パパはいいの?」

「うっ! パパはママのことを愛してくれているから、すべてをあ、愛してくれているの……」

「つまりエッチしたいんだ?」

「こらっ! そういうこと言わないの!」

「でも、ママの頭の中もパパでいっぱいだものね」

「改まって言われると何だか、恥ずかしいわね。でも、間違ってはいないわ。私はパパのことがとても好きだから。そして、あなたに対しても同じような愛情をもって接しているのだから」

「そうなんだ。じゃあ、パパのところに行こう!」

「え?」

「パパは死んでなんかいないよ。ただ、ママがエッチすぎて、吸い取られ過ぎたんだよ」


 吸い取られ過ぎた!?

 うーん。何だか、恥ずかしい……。たとえ、精神的空間のなかであったとしても、実の子と名乗る子にそんなことを直接言われちゃうと……。


「さあ、こっちこっち!」

「え? この黒い箱の中?」

「そうだよ。今、パパは死の淵をさまよっている存在なんだもの………」


 そ、そんなのどうすれば………。

 私は不安な気持ちが今にも涙となって溢れそうであった。

 愛する人を助けたいだけなのに——————。

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