第207話 終わりの始まり。

 終わった……。

 ついに七日間という時間が過ぎ去った。

 私の体内には有り余る量の優一さんからの精力が注ぎ込まれ、今にも爆発しそうだ。

 ドアからそっと薬とコップに入った水が部屋にそっと置かれる。

 ああ、これが言っていた括約筋を絞める薬か……。

 私はそれを手に取ると、そのまま喉の奥に流し込む。

 何だか、久しぶりに落ち着いて水を飲んだような気がする。

 そして、なんとなく違和感を感じて、私は優一さんの方を見た。


「———————!?」


 刹那。

 私の手からガラスのコップが滑り落ちた。

 トンッという音とともにコップは転がり、残っていた中の水がカーペットにシミを作る。

 私はベッドに駆け寄り、優一さんの体に耳を当てる。


「………う、嘘………」


 ………………………音がしない。

 ………………………意味が分からない。


 口元に耳を当てるが、呼吸をしている感じもうけない。


 ………………………嘘よ。

 ………………………こんなの絶対に嘘なんだから。


「いやぁぁぁぁぁぁぁあああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 私は大粒の涙を流しながら、腰が抜け、その場にぺたんと座り込む。


「どうして!? なんで!? 吐精しすぎたの?」


 私は頭の中がパニックになっていた。

 その場に私の悲鳴を聞きつけて、麻友と美優ちゃんが現れる。


「ど、どうしたのよ!?」

「ゆ、優くんが……」

「優一がどうかしたの?」


 私は麻友に何とか体を支えてもらう。

 美優ちゃんがそのまま、優一さんに近づいて、触診をする。


「お兄ちゃんが死んでます………」

「え? マジかよ?」


 麻友がそう聞き返すと、美優ちゃんが無念そうに顔を下に向ける。

 そんな………。私が呪いを解除できても、それでは意味がない!

 私は優一さんと一緒に人生を歩みたかった。

 だから、この儀式をやったのに、その愛するべき恋人を失くすなんて………。


「ゆ、優くん…………」


 私は麻友によって部屋から引きずり出された。

 見ていても悲しみが深くなるだけだから、と。

 その後、私は服を着せてもらい、茫然とソファにうずくまっていた。

 美優ちゃんによる血液検査の結果、私の体内にあった呪いの物質はなくなり、完治したことが伝えられた。

 でも、何も嬉しくない。

 優一さんがいない世界に私がいても、何も意味がないのだから……。


「あんたねぇ……。少しはシャキッとしなさいよ……」

「うるさい……」

「はぁ……。あのね、優一がああなったから、悲しんでるのがあなただけだと思ってるの?」

「…………」

「幼馴染として、あたしだって悲しいわよ。それに、美優ちゃんだってそうだよ? 今は淡々とあなたの検査とかしてくれているけれど、あの子にとっては兄を失ったのよ? 血の繋がった兄弟を失って悲しまないなんてありえないわ!」

「…………」

「とにかく、優一のあのままにしておくのは良くないわね……。冷凍保存にでもしておこうかしら……」


 そう言って、麻友は寝室に逆戻りしていった。


「ちょ、ちょっと!? どういうことなの!?」


 麻友の声がしたのはそのすぐ後だった。

 私は声に突き動かされ、寝室に飛び込む。


「な、何が起こっているの?」

「ゆ、優くん!?」


 ベッドに伏せていたはずの優一さんの身体がまばゆい金色の光に包まれている。

 こんなの初めて見た。

 一体何が起こっているのだろうか?


「もしかして、天使とか現れたりするの?」

「麻友……。そんなファンタジーな世界じゃないでしょ」

「いや、あながち分からないよ。だって、私たちみたいな存在がいるんだから」


 まあ、確かに。

 私のような吸血鬼や麻友のような淫夢魔がいる世界なのだから、天使がいたっておかしくない。

 では、その天使が何をしようとしているのか?

 私はその結論を導き出す前に、優一さんの体にしがみつく。


「絶対に天使なんかに連れて行かせない! 優一さんの魂はまだ渡さないんだから!」

「ちょ、ちょっと!? 千尋!?」


 そうしているうちに部屋のいくつかの場所にピンポン玉のような白い光が浮遊し始める。

 数がかなりあって、いくつあるかなんてわからない。

 こ、これが天使!?

 気づいた刹那、その光の珠から雷撃のようなものが発される。

 私は咄嗟に魔法で優一さんを包み込む。

 が、自分には雷撃が掠ってしまい、全身に高圧電流を流されたようになる。


「あああぁぁぁぁっぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 意識が飛びそうになりながらも、優一さんを守るために必死に術を解除しまいと、意識を高める。


「全く! 手を焼かせちゃうんだから!」


 麻友もそのまま白い珠に攻撃をする。

 光と闇なのだから、お互いの攻撃相性が抜群だ。

 こちらも大打撃を与えることができるが、攻撃を受けると大ダメージになる。

 何度かの応酬が続き、私たちは息を切らし始めていた。

 これが続けば、持久戦で私たちに勝ち目がない。


「もう! 本当にいい加減にしてほしんだけれど!?」


 私が声を上げた瞬間、私と優一さんは金色の光に取り込まれた。

 それは全く音もなく、ただ、温かい何かに包まれるような感覚で—————。

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