第202話 幸せと悲劇は突然に。

 えっと、ついに出産しました。

 私は優一さんとの寝室のベッドで楽な姿勢で座っている。

 視線を横に流すと、そこにはベビーベッドですやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている赤ちゃんがいる。

 前に、未来?からきた赤ん坊とどことなく似ているところもあるけれど、何だか違う。

 でも、私と優一さんに似た赤ちゃんが—————。


「何だか、赤ちゃんがいるっていうのが、すごく不思議な気持ちなんだけど……」


 そりゃそうだ。私はまだまだ高校2年生なのだから……。

 今思い浮かべると、突然の出産だったと思う。

 衝撃的なお尻の話をされてから数か月が経とうとしていた。

 7月に入り、校庭にはセミの鳴き声が喧しく響き渡り、それとともに蒸し暑さも運んできてくれた。

 校内では夏休みをどうすごそうか、と話の盛り上がっているときに、それは来た。

 そう。陣痛が——————。

 生徒会室で優一さんと仕事をしていると、ズンッとお腹が収縮する痛みが走り、ズキズキと連続した痛みが下腹部を襲い始めた。

 私はお腹を押さえるようにして、机に突っ伏す。


「ち、ちぃちゃん!?」

「ゆ、優くん……」

「ど、どうしたの?」

「た、たぶん、陣痛だと思う………」

「ええっ!? ど、どうしよう!?」

「さ、さすがに学校で救急車を呼ぶわけにもいかないから……」


 私はポケットからスマホを取り出す。

 震える手で何とかタップして、お母様の番号を呼び出し、通話ボタンをタップする。


「ゆ、優くん、お母様をここに呼んでくれない? 大至急で……。あと、ドアロックしておいて」

「あ、ああ!」


 優一さんは私の伝えた通り、部屋のドアにロックを掛け、そして、私のお母様を呼んでくれた。

 お母様は瞬間移動で来てくれるので、それほど時間はかからないはず……。

 私はそのあと、その痛みを耐えることに必死にならざるを得なかった。

 お母様はすぐに来てくれて、私と優一さん一緒に自宅まで瞬間移動してくれた。

 そこにはなぜか、お母様の瞬間移動より早く帰宅している美優ちゃんがお産の準備をしてくれていた。

 えっと……、まさか、ここで産むの?

 そこからは、あれよあれよと準備が進み、優一さんがなぜかどこかに隔離された状態で私の出産は行われた。

 痛みがひどかったことから、どうなることかと自身も不安だったけれど、案外短時間で生まれたことから、お母様も安堵の表情をしてくれた。


「千尋お姉さま! お姉さまによく似た可愛い女の子です!」


 美優ちゃんも若干興奮気味だ。

 確かに顔を見ると、私に似ている。でも、優しそうな雰囲気が漂っているそれは優一さんっぽい気がする。


「ホント……私たちにそっくりだね」


 私はそう言うと、ふぅ……と一息ついて、ベッドに横になった。

 何だか、下腹部にあった違和感がなくなり、一気に軽くなったので、その反動で体が一気に体力を失ったようにも感じた。

 結果的に、それは睡魔を引き寄せ、私は眠りについたのだ。




 で、目を覚ましたのが冒頭の私だったりするのだが……。

 それにしても、出産というのは本当に体力をそぎ落とされる。

 たくさんの血とともに赤ちゃんが飛び出したのはいいとして、問題は貧血気味になったことだ。

 何といっても吸血鬼の私は血がなければ死んでしまう。

 存在そのものを否定されてしまうようなものだ。

 うーん。お腹が減ってきてしまった……。


「どうしよう……。物理的に、というより濃厚な血が欲しい……」

「とはいえ、いきなり優一の血を飲むのもちょっとねぇ……」

「ま、麻友!?」

「やあ! 出産お疲れ様!」

「ど、どうしてここに!?」

「いや、放課後に部活動が早く終わったから、生徒会室に行ったらすでに閉まってるじゃない? で、他の子たちにあなたたちの姿を見てないっていうから、こうしてに帰ってきたの」

「いや、ここは麻友の家じゃないからね?」

「まあまあ、細かいこと言わないの。もしかしたら、このあと第二のマイホームになるかもしれないんだから」

「はぁ? 意味が分かんないんだけど……」

「あ、ところで、血が欲しいんだったよね?」

「そうなの……。出産であんなにも血が出るとは思わなくてね」

「まあ、普通に出産したら、そこそこ、血は出るでしょうね」

「いや、そこそこじゃなかったんだけど!? だから、私、今、貧血気味なの……」

「で、あたしの血を飲もうっていうの?」

「ダメかな……? 優くんにお願いしてもいいんだけれど、何だか、心配しすぎてちゃって……」

「はぁ……。あんたたちは……。いいわよ。ほらっ」


 そう言うと、麻友はカッターシャツを横にずらして、私に首筋を見えるようにしてくる。

 健康的な少し焼けた肌は、それはそれで何だかいやらしい。

 私はその首筋にカプッとかぶりついた。

 瞬間、驚いたのか麻友の体がブルッと身震いをしたようだった。

 そのまま私は少しの時間、彼女の血を分けてもらった。

 私はその首筋から口を離そうとする。唾液交じりの血がツーッと糸を引く。

 何だかエロいなぁ……。


「うーん。何だか吸われるのって、慣れたくないかも……。何だろう。体にゾクゾクって寒気みたいなのが駆け巡るんだけれど、そのあと、快感に似たそれが痛覚に沿って、脳を刺激してくるんだよね」

「それは普通にマニアだねぇ……」

「いや、噛まれたのは今日が初めてだから!」


 鋭いツッコミをありがとう、麻友。


「で? ちなみに第二のマイホームってどういうことよ? ここは私と優くんの愛の巣なんだけど?」


 と言いながら、美優ちゃんがいるけれどねぇ……というのは敢えてここでは触れないようにしておこう。


「ああ、そのことね……。えっとねぇ……」


 彼女はどこかに片づけていたかのようにスカートのポケットをまさぐり、


「あったあった!」


 それは妊娠検査薬だった。

 て、あれ? 線が二本も入ってるんだけど—————!?


「あたし、優一との初めての子宮中出しで、妊娠しちゃった♡」

「え? ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」


 私は驚くしかなかったのであった。

 ちょ、ちょっと待ってよ……。こんなのってアリなの?

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