第173話 バレンタインデー狂騒曲(17)

 蕩けそうなキスは本当に字の如く、脳内を蕩けさせようとするような甘美なものだった。

 そして、激しくも優し気な優一さんの指は私の敏感になった胸を弄ぶ。

 その都度、私の体は敏感に、そして逆らえない感覚に襲われ、素直に反応していた。


「————————♡」


 私は甘い吐息を漏らしつつ、体の中は本能的に、優一さんを受け止めていった。

 激しい、息のつく間もない三回戦は一瞬で終わったかのような感覚になる。

 そして、二人でシャワーを浴びながら、再び甘えるようにキスをする。

 シャワーの流れに乗せて流れ出る優一さんから受け止めたそれは、勿体なく排水口に流れていく。


「優くん、まだできる?」


 私は優一さんの腰に腕を回し、抱きしめながら甘える。

 きっとクラスメイトが見たら幻滅するであろう。

 いや、もしかすると清楚可憐と言われている私が、このような淫靡な甘え方をするのだ。クラスメイトの男どもの性欲が爆発し、本能的に私に襲い掛かってくるかもしれない。

 私は途中から気づいていた。

 あのドライフルーツが原因なのではないか、と。

 お母様がくれたものだ。

 家に余っているということそのものが怪しいわけだ。

 媚薬に使われる成分を、干すことで濃縮させたドライフルーツ。

 吸血鬼や淫夢魔ですら影響が出るというのに、人間に食べさせたらどうなるかくらい予想は出来る。

 優一さんと私は軽くキスをすると、脱衣所で水滴をふき取り、そのままの姿で寝室に向かう。

 ゆっくりと押し倒されると、再び愛撫される。

 今度は丁寧に、かつ執拗に——————。


「……ふわあっ♡」


 再び、私の瞳は求めてしまう。いや、瞳だけではない。彼をあれだけ受け止めたというのに、私の体はさらに優一さんを受け止めようとする。

 獣のように後ろから、そして舌を絡め合うように前から…………。

 終わらない愛し合いは、何度も体内に彼の熱量を感じ取った。

 奥に叩き込まれるたびに、体が素直に反応をしている。

 そう。今日は危険日——————。

 敢えて、この日に重なったことは喜ばなければならない。

 優一さんの激しいグラインドに私の体が小刻みに痙攣し始める。

 あ、何か……きっと排卵したんだ。

 私の体は敏感にもそれを理解した。


「来てっ!!!」


 私は優一さんをギュッと抱きしめると、彼を最後の力を振り絞るように直接注がれた。

 優一さんは私と体を離そうとするが、私は両足で優一さんの腰を絡めて、離れまいとする。


「ち、ちぃちゃん!?」


 いつの間にか、ドライフルーツの効果が切れていたのか、素の彼が私に驚きの表情を見せる。

 私はそんな彼の顔を両手に添えて、そのまま口づけをした。


「理由はきちんと話すから、今はこのままにしておいて……。受け止めた分を一滴たりとも、無駄にしたくないの……」

「ち、ちぃちゃん……」


 優一さんはそう呟くと、訳も分からない状態にもかかわらず、私の頭を撫でて、そのままキスをしてくれる。

 優一さんは本当に優しい。

 私がこんなにも甘えてしまえるほどに……。

 私の命が尽きかけているこの状況ですら、こんなに好きになってしまう。

 離れたくない。まだ、好きであり続けたい—————。

 私は無意識のうちに瞳から涙があふれ出ていた。


「ちぃちゃん? どうしたの?」


 優一さんに、そっと目尻の涙をふき取られる。


「あ、あれ? どうしたのかな……。私、こんなはずじゃなかったのに……」


 私の体の中では、優一さんの子種と私の卵子がめでたく結びついた。

 普通ならば感じ取れないような小さな変化かもしれないけれど、私たち吸血鬼や淫夢魔になれば、それは手に取るようにわかる。

 今、彼との新しい命が一つ宿ったのだ。

 ついに私の望みが叶えられる———————。


「優くん、私のことをお話ししますね……」

「………………」


 いまだに状況がつかめぬ様子の優一さんは、私の突如の告白に対して、どう感じたのだろうか……。

 私の体内にある『黒き血』————。

 1億分の1の確率で生まれるこの遺伝子は、運悪く吸血鬼の始祖の姫君と謳われた私の体内に生み出されてしまった。

 長き寿命と言われる私たちと言えども、この黒き血に逆らうことはできない。

 このウィルスともいえる黒き血が体内で増え続けることによって、私の命は蝕まれ、そして、いつしか死を迎える。

 その前に精気の力が大きい優一さんとの子どもを残すことは私にとっては、望みであり、一族にとっては使命でもあった。


「だから、最近は………」

「そう。避妊具なしでしてたでしょ? 私の中できっと焦りがあったんです……。」

「ボクの方こそ、ごめん。悠長なことを言っていて……。で、でも、何とかならないのかな……」

「分からないです。お父様やお母様も解決法を探ってはくれているようなのですが……。こればかりは運命として受け入れなくっちゃいけないんでしょうかね……」


 私はほとほと疲れていたのかもしれない。このような不遇の運命に対して………。

 その時、私はどんな顔をしていたのだろうか。

 鏡で見たわけじゃないから分からない。

 優一さんだけがその時の表情を知っている。

 優一さんはそっと私を抱き寄せる。


「諦めないで欲しいな。ボクも微力ながら、何か方法がないか探してみるよ」

「優くんに言われると、何だか、不可能すら可能にしてしまいそうで、気持ち的にホッとしちゃいます……」

「ボクは君を支えていきたい。これからもずっと……。眷属だから、ではなく、錦田千尋の旦那様として—————」


 私はその一言に胸が熱くなってくる。

 だ、旦那様——————。

 じゃ、じゃあ、私は奥さんってこと?


「優一さん?」

「どうしたの? 改まった言い方をして……」

「この黒き血が克服できた時には、もう一度、きちんと告白をしてくれますか? 今度は、結婚するための————」

「するよ!」

「即答!?」

「そりゃそうだよ! ちぃちゃんと出会ってから、まだ短いけれど、でも、もうちぃちゃんはボクの人生の一部となっているんだもの。ちぃちゃんのいない日なんて、想像できないくらいに………」

「じゃあ、ひとつ、提案してもいいですか?」


 私は笑顔で彼の耳元に近づき、そっと提案をした。

 優一さんは当然、驚いたけれど、異論はなかったらしく、同意してくれた。

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