第172話 バレンタインデー狂騒曲(16)
あたしは訝しげに麻友ちゃんを覗き込む。
麻友ちゃんは苦虫を殺したような顔で、違う方向を向いていたが、意を決したようにあたしの方に向き直す。
「ここだと……千尋の声が聞こえるから、ちょっとそっちで話そうか……」
あたしはちらりと奥の方を覗き込むと、相変わらず腰を叩き付けるお兄ちゃんとその都度、声を上げている。
お兄ちゃんの呻き声が上がっている感じて言うと、どうやらハッスルはまだまだ続くようだ。
さっき、千尋お姉さまの中に吐き出したというのに、そのままヤり続けている。
うーん。もうこれって動物の交尾状態……?
あたしと麻友ちゃんはリビングを抜け、あたしの部屋に入る。
さすがにここまでくれば、と思ったが、それでも千尋お姉さまの艶めかしく漏れ続ける甘い声は小さいながらも聞こえる。
ねえ、これって最早、近所迷惑なんじゃないの?
「もしかして、近所迷惑って思ってる?」
麻友ちゃんに指摘されて、あたしはギョッとそちらを向く。
麻友ちゃんは、静かに首を横に振ると、
「大丈夫。千尋やあたしがいつも優一とするときは、結界装置を作動させて、音を部屋の外には漏れないようにしてある。これは、優一との間でルールができた時にこっそりと設置したの。だから、これまでだって、どれだけ凄い攻めがあっても、ご近所さんからクレームが出たことはないの。あ、でもベランダはダメだよ。あそこは結界の外だから!」
麻友ちゃんは一体、あたしのことをどう思っているんだろうか……。
そりゃあたしはお兄ちゃんのことが好きすぎてたまらないけれど、襲い掛かろうとするのはあたしの思考には反する。むしろ、お兄ちゃんから攻めてもらいたいの……。
ふふふ。あたしはMッ気が強い女の子なのよ!
「あ、あの……結界のことはよ~く分かりました。で、千尋お姉さまのことを……」
「ああ、そうね。千尋がどうしてあんなに焦ってるか、ってことよね」
「あ、はい。そうです」
「千尋はね、実は吸血鬼の始祖として生まれたってのは知ってるでしょ?」
「あ、はい。以前、千尋お姉さまからも話を聞いたことがあります」
「でも、それ以上言わなかったんじゃない?」
「そうですね。あの時はそれだけで、あたしもそれ以上のことを知りたいとは思わなかったので、あまり深く聞き返してはいなかったですね」
「まあ、言わなくてもいいと思ってたんでしょうね……。実はね、千尋は、吸血鬼の始祖であると同時に、『黒き血』を受け継いでしまっているの」
「黒き血……ですか?」
「ええ、そうよ。この血はね、呪われた血とも言われてね。体を蝕んでいくと、子どもが産めなくなっちゃうの」
そ、そんな————————————っ!?!?!?
あたしは愕然として、言葉が何も出てこなくなってしまう。
「……………うそ……」
「こればかりは本当よ……。心配させたくないから、優一にも内緒にしているみたいだけど、あの子の最近の行動を見ていたら気づかない? 最近、優一とするときは、絶対にゴム付けなくなったでしょ?」
「あ、確かに………」
そうなのだ。
先日の誘拐騒ぎの後もそうだ。
千尋お姉さまのお母様の母乳を飲んでしまったお兄ちゃんの性欲が暴走したときも、あんなの受け止めたら間違いなく孕んじゃうという量を、ゴムなしで受け止めていた……。
「で、でも、その黒き血って全身が蝕まれたらどうなるんですか……?」
「………………………」
あたしの問いかけに、麻友ちゃんは黙り込んでしまう。
静かなあたしの部屋に遠くから聞こえる千尋お姉さまの幸せそうな喘ぎ声だけは耳に届く。
「死んじゃうんですか?」
「そうよ………」
「そんなっ!?!?!? どうにかならないんですか?」
「どうにかなるようだったら、今頃、何とかしてるって……」
「だって……だって………」
いつの間にか、あたしの目尻からは涙が溢れ出てきていた。
あんなにお兄ちゃんのことを愛してやまない千尋お姉さまが、お兄ちゃんと一緒に過ごすことができないなんて……。
限られた命だなんて………。
「美優ちゃんも見たでしょ? 一馬が千尋の血を取り込んだ結果、どうなったか……」
「………はい」
「あれも黒き血の力なの……」
そんな呪われた血を引き継いでいたからこそ、お兄ちゃんの濃厚な精気に誘われるように千尋お姉さまはお兄ちゃんと眷属関係になり、そして本当の恋人同士になった。
でも、それがもう少しで終わってしまうの?
そんなのってあんまりじゃない?
「どうにかする方法はないんですよね?」
「今のところは……」
「じゃあ、あたしが見つけます!」
「ちょ、ちょっと!? あんた、何言ってるの? 中学校を卒業……ってまだしてないけれど、そのくらいの年齢で何とかなるわけないでしょ?」
「いいえ、何とかします! 先日の研究所を脱出する際に研究データとサンプルが何かに使えればと思って拝借してたんですよね!」
「何て怖い子……」
「だから、あたしはお兄ちゃんと千尋お姉さまのために一肌脱ぐことにします!」
「本気なの?」
「本気じゃなかったら、やろうなんて言いません。いいですか? あたしは今までやり始めたことで失敗はあっても、すべてのことでやり遂げてきたんですよ! だから、今回も諦めずにやり切って見せますから!」
あたしはそう力強く頷いた。
麻友ちゃんはそんなあたしを見つめるひとみはいつの間にかうっすらと涙で濡れていた。
やっぱり、この人は千尋お姉さまの良きライバルであり、良き友人なんだなって、その時、あたしは感じた。
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