第159話 バレンタインデー狂騒曲(3)

 午前の授業が終わり、私は麻友と一緒に食堂にいる。

 本当は優一さんと一緒に食事を取りたいところだったのだが、どうも私の大本命は優一さんなのではないか? という噂が起こったのが原因で若干の距離を取ることにした。

 LINEでサクッと連絡を済ませると、そのまま今日は何事もないかのような素振りをしている。

 もちろん、一緒に入れないことに対する悲しさはある。

 が、こういう噂が湧き上がってきている以上、これまでのような疎外魔法はあまり効果がない。

 これまでは優一さんと腕を組んだりしつつ、歩いて通学をしていたこともあった。

 とはいえ、ここまで大きな噂が立たなかったのは、私が疎外魔法をかけることによって、私と優一さんが生徒たちの視点からずれている空間に存在しているように思わせていたわけだ。

 それは、クラスメイト達が優一さんに対する認識が曖昧な状態だったからこそ使えた手法であって、今のような状況では疎外魔法は何の役にも立たない。

 こういう時はお互いが学校では何もないかのように振舞うのが一番の解決なのである。

 で、今日のお昼は麻友と一緒ということになったのだが………。


「いやぁ、あたしのクラスでも話題になっているよ?」


 テラス席の目立たない端の方の席を陣取り、昼食を口に運びつつ、麻友は悪びれもせずにそう言い放った。


「全く、あなたの所為です」

「え!? あたしの? あたしは何も悪いことはしてないと思うんだけど……?」

「あなたがバレンタインデーのことで私を脅迫してきたではありませんか……」

「あー、あれって脅迫になるの? そもそもバレンタインデーというのは、男子に対して恋する乙女がチョコレートをあげる日じゃない」

「そうかもしれないけれど……。優くんが誰かに奪われちゃうんじゃないかって、少し焦っちゃってクラスメイトにチョコレートを一緒に見に行ってもらうことにしたのよ」

「へぇ~、ちゃんと青春してるね」

「茶化さないで!」

「でも、千尋が普通の女の子であってよかったよ……」

「はぁ……。私だって普通にバレンタインデーにチョコをあげるような少女です」

「まあ、そうかもね。でも、どうしてあんな噂が立っちゃったのよ?」

「いやぁ……、クラスで反田さんと山根さんと話をしていた時に、普通に一緒についていくって話をしただけよ」

「あー、でも周囲はあの清純華憐なお嬢様である錦田千尋嬢がバレンタインデーのチョコレートが気になっている! となると、世の男どもの気持ちは平穏無事にはいかないんだろうねぇ」

「はぁ……。お嬢様って面倒くさいのね」

「そういうこと言わないの。そもそもあんたが不用意にバレンタインデーのチョコレートの話に首を突っ込んだからでしょ?」

「だって、あなたに訊いても、真面な答えが返ってきそうにないんだもの」


 私は麻友を睨みつけると、麻友はカラカラと笑って、


「まあ、そうね。あたしはどちらかというとあんたと楽しんで会話してるからね」

「うわ。本当に隠す気なしね。何だか、怒りを通り越して、笑えて来ちゃうんだけど……」

「それにしても、今日の優一は本当に面倒くさそうね」

「そりゃそうでしょ。私との噂で持ちきりなんだから」

「真実なんだから、公表すればいいじゃない」

「いや、それをしたら、優くんの命がマジでヤバイと今日悟ったわ。クラスメイトからだけですでに半殺しされると思う」

「マジで……? ちょっと怖い! 引いちゃうかも!」

「いや、私のことを好きな人は叶わぬ恋であっても、すでに盲目って感じなんだから」


 私はそう言うと、サラダを突っつき、ミニトマトを口に放り込む。


「まあ、学校の中で錦田千尋っていえば、知らない人はいないものね……」

「あー、早く美優ちゃんが入学してほしいよ。そうすれば、もう少し、私への視線は減ると思うんだけれどなぁ……」

「まあ、千尋の胸に対する視線は今以上に減るでしょうね」

「——————!?」


 私は無言でサラダを食べる麻友を睨みつける。

 言ってくれるじゃない……。私の胸は別にスカスカじゃないからね! ペッタンコでもないからね!

 美優ちゃんと比べると、戦闘力が低く見えるだけだもん!


「本っ当にムカつく女ね……」

「事実を言ったまでよ」

「ふんっ! 別にいいけどね……。それよりもこのままだと、優くんとイチャイチャできないんだけど……」

「いいじゃない。家であんなにイチャイチャしてるんだから、学校ではあたしに譲って欲しいものなんだけど……」

「そんなの私が見たくないからに決まってるでしょ」

「本当に自分勝手な我が侭な女ね」

「だって、近くにいるだけで、体も心もあったかくなるのに、離れ離れにならなきゃならないなんて……。生きてる心地がしないよ」

「じゃあ、あたしが本気で寝取ってあげようか?」

「うげぇ!」


 私は嫌味を言いつつ絡んでくる麻友に対して、心底胸糞悪そうに吐き気をする素振りを見せる。

 それを見て、麻友はふふっと微笑む。


「その反応は寝取られたら嫌ってことね」

「そんなの当たり前じゃない」

「じゃあ、本気で狙っちゃおうかな」

「マジで言ってるの?」

「マジで言ってるの……。ちょうどバレンタインデーだもん」

「どういう意味よ?」

「そのまんまの意味よ。あとは自分で確認してみたら?」


 そう言うと、麻友はいつの間にか食べ終えていた食器を載せたお盆を持ち、その場を去っていった。

 本当に腹立たしいなぁ……。

 それに、優一さんと麻友は私よりも一緒にいた時間も長かったわけだし……。


「あ~あ、本当にどうすればいいのかしらね……」


 私はそう声に出して、真っ青な冷たい空を仰ぐしかその時はできなかった。

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