第160話 バレンタインデー狂騒曲(4)
「錦田さん、行きましょう!」
反田さんが声を掛けてくれる。
放課後、各々が部活動へと足を向ける中、私は反田さんと山根さんと一緒に駅前のショッピングモールへと出向く約束をしていたのである。
私は荷物をカバンに詰め込むと、
「お待たせしました! 早速、色々と教えてくださいね!」
私がそう言うと、山根さんが、
「えー、そんなに言われても私もチョコレートを買うなんて今までなかったんだから、どうなるか分からないよ」
「いやいや、高校生なんだから、普通にたくさん並んでいる中から選んだらいいのよ」
「でも、本命には————」
「ゴディバ? それってもう古いと思うけどなぁ……」
山根さんと反田さんは言いあっている。
もちろん、私もゴディバの名前を知らないわけではない。
いや、むしろ、私も両親から学んだ知識では「本命ならばゴディバ」という感覚でいたから、正直なところ、今は面食らっているところであったりする。
「でもさぁ、私の場合は、告白する過程の中で渡すことになるんだよ?」
「まあ、確かにそうなるとインパクトは必要になるかもしれないわよねぇ」
反田さんが同意し、私もふむふむと頷く。
「ま、とにかく、お店に行ってみましょう? そうすれば自ずと答えは出てくるかもしれないじゃない!」
そう言って、私たち3人は教室を後にしたのである。
もちろん、そのあとの教室は何やら賑やかになっていたようだ。
「お、おい! 錦田さんが本当に男のためにチョコを買うみたいだぞ!」
「相手はこの学校の奴か!?」
「そもそもどこまで本気のものを買うのか……」
「くそっ! 俺は部活なんだ! お前見てきてくれよ!」
「意思は引き継いだぞ、同志よ!」
が、敢えて聞こえなかったことにしておこう。
てか、見に来るってそれはストーカーでしょうが……。
男って本当にバカばっかりなんだから……。
私はそんな悪態をつきながらも、優一さんがそのグループにいなかったことをチラリと確認したうえで、教室をそのまま後にした。
学校の最寄り駅は地下鉄も接続している関係でそこそこの大きさになっている。まあ、それほど大きくはないが、一応はターミナル駅になっている、と考えてもらえれば良いかと思う。そんな駅前の駅と直結するような形で商業施設がたくさん入ったショッピングモールが立地している。
この時間ともなると、通勤客や通学生たちが家に直行せずにそのままショッピングモールの中に吸い込まれていく。
まあ、一時的なストレス発散の場になっているのだろう。
そのショッピングモールの5階がちょうどバレンタインデーの催事場のようになっていた。
見渡す限り、チョコレート。
きちんと封をされているにもかかわらず、思わずチョコレートの匂いがしてきそうなその空間に今、私は山根さんと反田さんの二人に連れてこられたのである。
「見よ! このチョコレートの数を!」
反田さんが胸を張って威張ってくる。て、どうして反田さんが威張るのだろうか……。
山根さんは様々なブランドのチョコレートが並ぶ陳列棚にすでに心舞い踊っているようである。
かくいう私もチョコレートの数の多さに若干ではあるものの心が躍っていたりするのである。
「それにしても、あきちゃんはもう一人で色々とみてきちゃう感じだねぇ~」
「あ、本当だ。もうちっさくなってる……」
「ま、あの子は自分で任せといてもいいんじゃない? そのかわり、錦田さんのは私が一緒に見てあげるからさ」
「それは頼もしいお言葉ですね」
「あんまり信用されても、結果はどうか分からないよ」
「大丈夫ですよ。きっとお渡ししたら喜んでいただけると思いますから」
「信頼してるんだね」
「はい!」
私は笑顔で反田さんに応える。
反田さんは目を点にして驚いているようだ。
「もしかして、好きな人?」
「いいえ。信頼のおける方です、とだけ」
「まあ、そうなんだ……。言いたくない、と?」
「そういうわけではありませんけれど、一応プライベートなことですから、こういういい方でもいいのではないかなって」
「ま、まあ、錦田さんがそういうなら、それでもいいけれど」
「と、言ってもさすがに相手のことがわからなかったら、提案しにくいですよね」
「ま、まあ、そうだけれど……。そもそも錦田さんはどうしてその方にあげるの?」
「いつもお世話になっているからです」
嘘は言っていない。
優一さんにはいつも精神的な安らぎ、そして精気として血もいただいている。あ、あと……、エッチによる性欲の解放も……♡
「へぇ……。日ごろからお世話になっている方って、それはもう大人な方なんじゃないの?」
「あ、いえ……。年齢的にはそこまでいってません」
「あ、そうなんだ……。じゃあ、大学生とか?」
「いいえ、高校生の方なんです」
「ええっ!? 同い年くらいの人!?」
え、何か問題のあることでも言ったのだろうか……。
反田さんは私の方を凝視してくる。
「もう一度確認するけれど、本当にその方は好きな人ではないの?」
「まあ、好きか嫌いかで言うと、当然好きな方になります。嫌いな方にはあげませんからね」
「いや、まあ、そうなんだけどさぁ……。それってもう恋人ってことなんじゃないの?」
「そういう噂が立っても困るので、こういうお返事しかできないんですけれど……」
「いやいや、それはもう認めちゃっているような気がしないでもないんだけれど……」
「そういうものでしょうか……」
「まあ、断言できないんだね……。分かった。じゃあ、これ以上詮索しないよ。それにクラスの様子を見ていても、確かに錦田さんが付き合い始めたってなったら、大事になりそうだしね……」
「まあ、今朝の空気からしてそんな気がしますからね」
「じゃあ、しっかりと信頼できる方へのチョコレートを探しに行きましょうか!」
「はい! ありがとうございます」
反田さんは奥歯にものが詰まったような気持だっただろうが、無理やり納得してくれたみたいで、私を引き連れて、催事場へと入っていったのであった。
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