6.吸血鬼な彼女の恋には障害が多い。

第157話 バレンタインデー狂騒曲(1)

 私はいつも通り、ベッドで寝起きに気づかれないように優一さんに軽くキスをして、ベッドの温もりを後にする。

 今日から2月ということもあって、寝起きすぐの部屋は何だか肌寒い……。

 といっても、私や麻友はもともと体に魔力によるコーティングのようなものを覆っているので、それほど寒いも暑いも気にしないで済んでいる。

 とはいえ、優一さんともなると話は別だろうなぁ……。

 クリスマスプレゼントに差し上げたマフラーと手袋(そのままスマホが操作できる!)はしっかりと使ってもらえているし、嬉しい限りである。


「さて、と……、朝ごはんでも作ろうかな……」

「おはよう。千尋」

「あ、おはよう、麻友……。——————!?」


 私は声のした方に思わず体ごと振り向く。

 私と優一さんの夕食後の“仲良く”する場所であるソファにどっかりと座りながら、モーニングコーヒー(砂糖・ミルクたっぷり目)を優雅に飲んでいる女がいた。


「あんたねぇ……。なにしてんの?」

「ふっ! 千尋も鈍感ね。朝の若妻の様子を見に来たのよ」

「えっ!? やだぁ……若妻だなんて……。ま、まだ、エプロンの下はちゃんと服は着てるよ♡」

「あんたの若妻に対する概念は絶対に間違っていると思うわ。まあ、親があれだから、仕方ないのかもしれないけれど……」

「え……。裸エプロンって本当にするんじゃないの?」

「するわけないでしょ?! あんた、本当に学力優秀なの!? 絶対にネジが数本は外れていると思うわ」

「ちょ、ちょっと!? それはひどくない!? この間、優くんの部屋の奥にあったコミックに描いてあったんだもの! 間違いないわ!」

「優一……。あんた、いつの間に人妻ものを手にしてるのよ……。はぁ……。いい? そもそもあれは成人コミックと言って、男の妄想を具現化したフィクションなのよ」

「えっ!? じゃあ、冗談なの?」

「当たり前でしょ? 若妻が裸エプロン必須なら、世の中のゴミステーションがハーレム過ぎて、世の中の発情したおっさんが増えるでしょうが!」

「いや、世の中のおっさんは言い過ぎだよ。意外と童貞だけど性知識抱負が未成年が……」

「て、そういう話じゃない。裸エプロンの話はなしよ」

「う、うん……」


 急に真面目な表情になるんだから、麻友ったらどうしたのかしら……。


「今日から何月になった?」

「え? 2月だよ」

「そう。2月よね……。2月のビッグイベントと言えば何?」

「ん? 別に優くんの誕生日でもないし……」

「はぁ……。本当にあんたは人間社会の知識をちゃんと入れてから、優一と付き合ってあげた方がいいわよ」

「ど、どういう意味よ……」

「そのまんまの意味よ……。本当にこのままだと優一も可哀想かもしれないわね……」

「ん~~~~~~、いまいち要領を得てないんだけど……」

「2月はバレンタインデーがあるの」

「バレンタインデー……て、バレンタインの歴史は、西暦1207年2月14日、ローマの皇帝クラウディウスが結婚を禁じたのに反抗して殺された、聖人バレンチヌスを祭る日に由来してるって、あれのこと?」

「そうよ。当時の皇帝・クラウディウスは、軍事力としての兵士らに家族ができると『士気』が弱まると考え、結婚を禁止していたんだけど、キリスト教の司祭であったヴァレンチノが皇帝に秘密で若者たちの結婚を行っていたため、皇帝が怒り、ヴァレンチノをローマ宗教に改宗させようとしたわけ。ところが、ヴァレンチノは愛の尊さを説き皇帝に抵抗したため、2月14日に処刑されてしまったのよ。後世の人々は、ヴァレンチノ司祭の勇気ある行動に感動し、『聖バレンタイン』と、恋人の守護神としてまつるようになったの。ヴァレンチノ司祭が処刑された日を『聖バレンタインデー』と呼ぶようになったのはこれに由来しているのよ」

「それは知ってる。で、それが?」

「本当に鈍感なのね……。つまり、バレンタインデーとは、自分の好きな男子をころっと身も心も堕とすために惚れチョコを渡す日なのよ!」

「ええっ!? 何それ!? じゃあ、もしも、優くんのことが好きな他の女子が、チョコを渡したりしちゃったら……」

「まあ、それで千尋があげなかったら、別の女の子を惚れ直しちゃうかもしれにわね」

「そ……そんなの……絶対に……許せない………」


 私は思わず低い声で唸るようにそう言った。

 だって、そうじゃない。私と優一さんはもう相思相愛。

 いつ子どもが出来ちゃってもいいくらいに《愛し合って》いる。

 でも、そんなチョコレートの所為で、私のこれまでの好きを無碍にしちゃうっていうの!?

 そんなの認めたくない!


「私が凄いチョコを優くんにあげるんだから……。世の中の女子が優くんに振り向けないようにしてあげるんだから……」

「なんか、鬼気迫るもの感じるねぇ……」

「あったり前でしょ! 優くんの大本命である私がいい加減な気持ちじゃないってことをきちんと見せつけないといけないんだもの!」

「あ、そう……。まあ、千尋の場合は、とっても効率的な方法があるけれどね……」

「え!? 本当? どんな方法?」


 麻友がアイデアをくれるなんて、嬉しすぎるんだけど!?

 さすが持つべきは親友ってやつよね!


「じゃあ、ちょっとそこでパジャマを脱いでくれる?」

「え? いいけど……どうして? 私が裸になる必要があるの?」

「これは必須事項ってやつよ」

「はぁ……」


 私は怪訝な表情をしつつも、麻友の言われた通りにパジャマを脱ぐ。

 今日はピンク色の可愛いフリルのついたブラジャーとパンティー。

 可愛くてお店で見つけた瞬間に美優ちゃんと涎を垂らしつつ購入したお気に入り。

 そこに麻友はおもむろにどこかから赤い紐を取り出して、私の全身に絡めるようにリボンをふんわりと巻き付ける。

 首元でくるっと一回しして、そこでリボン模様に仕上げる。

 な、何なのよ……これは……。


「で、この文章を読んでご覧」


 そう言って、麻友から手渡されたメモを読み上げる。


「優くん、私をた・べ・て♡ ————て、これ何よ!?」


 と、私は憮然とした表情で麻友の方に向いて怒りをぶつけようとするが、そこにはすでに麻友はいなかった。

 逆に、真正面の私たちの寝室から、優一さんがちょうどドアを開けて、今の言葉を聞いたようで硬直している。

 て、あれ? 何だか、下半身の方も硬直しているような……。


「……え……っとぉ……これは………」

「朝からメインディッシュが豪華すぎる!!」


 ゆ、優一さん!? 鼻血が出てますよ!?

 てか、麻友め!? リボンがほどけないんだけど!?

 ガバッ!!!

 案の定、抵抗できない私は、リビングにそのまま押し倒されて、全身を隈なくペロペロとされてしまう。

 あ、朝から、愛が溢れてきちゃうぅぅぅぅぅぅ♡

 て、そうじゃなくって!?


「千尋お姉さま……大胆……」

「み、美優ちゃん!? こ、これは違うの!? 麻友が………」

「え? 麻友ちゃん、いないじゃないですか……。それにしても器用ですね……」

「あ、こらっ! そんなところ、感心してなくていいから、優くんを止めて!」

「いや、でもケモノ化してしまった兄はあたしじゃあ、無理なんで……」

「しょ、しょんなぁ………。はぁんっ♡ そ、そこはダメェ~~~~~♡」


 優一さんの口撃はとめどなく続いた。

 もう、何度イカされたか分からない……。

 ピクピクと小さく痙攣していると、


「いやぁ、今日も凄かったですねぇ。本当に相性バッチリですね!」

「…………はぁはぁはぁ………」


 それって褒めてるんだよね?

 くしょぉ~! 麻友め、覚えてろ……。

 き、気持ちよかったけどさ…………。

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