第152話 呪われた血。
一馬の攻撃に関しては、明らかな一方的なイジメに近いものだった。
美優はそもそも戦闘ができるわけでもない「半吸血鬼」なので、一馬の覇気だけで怯えさせられてしまう。
てか、何だか巻き込ませてしまってゴメン、と謝りたくなる。
麻友は兄のバカさ加減を嘲笑いながら、攻撃を仕掛けているものの、マハラトにことごとく妨害されて、決定打に欠ける攻撃を繰り返している。
ボクはというと……。何かができるわけがない。
そもそもボクは千尋さんの眷属というものの、何かができるわけじゃない。
あれほどまでに強い一馬を相手にするとなると、一筋縄では勝てるわけはない。
「どうした? 千尋のことが好きなんだろ? 彼氏なら、何とかしてみろよ!」
「お生憎様。残念ながら、攻撃に特化しているわけじゃないんでね!」
「それは自慢することじゃねぇな!」
一馬が腕を払うようにするだけで、物凄い風圧が起こる。
「んにゃぁ~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!?!?」
「美優!?」
その風圧をまともに受けて、部屋の後方にまで吹き飛ばされる美優。
ボクの声掛けに、美優は一応、手を振ってくれる。
転がった影響で目が回っているのか、まともに動ける状態ではないことがわかる。
「そうだ! 本当に千尋を俺の妻に迎えてやろう!」
「は!? 何を言ってるんだよ!」
「簡単なことだ。優一、君を俺らの研究の材料として、捕縛してしまえばいいのだから」
「一馬! そんなの犯罪よ! 人間の世界ではそういうことをしてはならないってことになっているでしょう!?」
「はぁ、麻友まで穏健派なのか? これだから、穏健派はバカばかりだな? この日本が平和だなんて言ってるのは、平和ボケした人間どもだけだぜ? 年間8万人のうち、どれだけが俺たちが絡んでいると思う?」
「一馬!」
麻友は鬼の形相で、一馬に近づき、魔力弾を放つ!
が、またしても、マハラトに弾き飛ばされる。
「どういうことだ? 麻友?」
「ゆ、優一……。今の聞こえてたんだ……」
「ああ、年間8万人って………」
「そのうちの1万5千人ほどが毎年、理由も分からないまま行方不明になっているの……」
「お前、もしかして、それって………」
「すべてとは言わないけれど、多かれ少なかれ、強硬派の仕業……。だって、アイツらにとっては、人間は食料としか見てないから……」
「普通に犯罪だな……」
「そうよ。だから、私たち穏健派……いえ、主流派はそれを止めさせるために協定を結んだのよ……」
「とはいえ、数が減ったのか?」
「まあ、少しはね……。でも、こういう強硬派の奴らにとっては、狩りみたいなものだから……」
「まったく、ふざけた話だな」
「そうよね。納得できないと思うわ……」
「で、その強硬派をこれまでねじ伏せていたのが、千尋だったのよ」
「ちぃちゃんが!?」
「まあ、ああ見えて責任感が強いし、力もあるからね。だから、強硬派からは疎まれていると思う」
「それで今回、ボクが狙われたのか……」
「まあ、そういうこと。それと優一には、あたしたちもそうだけれど、淫夢魔や吸血鬼にとって、最高の精気の持ち主だから……」
「あー、それで……」
「それに、今回、千尋が狙われたのは、疎まれたからという理由だけではないと思う。一馬の戦闘力を見て、実感したわ……。あいつ、千尋の血液を体内に取り込んだようね」
「ああ! そういえば、注射を打ち込んでたな」
「ホント、最悪……。千尋は吸血鬼の始祖の娘……。つまり、吸血鬼の血としては濃いのよ。それに普段から優一から精気も取り込んでるから、想定以上に魔力が血液に含まれている」
「じゃあ、それを他の奴が体内に取り込んだら……」
「まあ、ああなるわよね」
と、冷静に一馬の方を指さす。
「後ろに飛んで!」
「——————!?」
麻友に言われると同時に飛びのく!
と、先ほどまでいた場所は大きなクレーターが出来上がる。
「おいおい! マジで死ぬぞ!?」
「あー、なんか方法ないのかなぁ……。もう、正直、一馬もあそこまで壊れていたら、兄妹として見れなくなってるから、滅ぼしてもいいと思っているんだけどね……」
「でも、そう簡単に滅びそうにないぞ!?」
「逃げ回るしか能がないのか!? ならば、連続で攻撃していくぞ!」
「もう、止めなさい!」
一馬の声にかぶせるように凛と響く声がする。
ボクはその声の方を振り向く。
そこにはよく知る少女が制服姿で立っていた。
「ち、ちぃちゃん……!」
「優くん、お待たせ! ちょっと眠らされてたんだけど、その間に何だか面白いことしてるじゃない?」
「全然面白くないんだけど!? こっちは死にそうなんだけど!?」
麻友が憤然と抗議する。
それを「はいはい」と払いのけると、
「麻友はもう少し鍛えた方がいいのよ……」
「千尋お姉さま!」
「あれ? 美優ちゃんもどうしてここにいるの!?」
「あたしは、巻き込まれちゃいました!」
「それはご愁傷様だねぇ……。ちょっと待ってて、すぐに終わらせるから……」
そういうと、殺気立った覇気を帯びた千尋さんが一馬と対峙する。
「わざわざ待ってくれてありがとう」
「ふん。これが余裕というものだ。今はお前の血液を体内に取り込んで、このような素晴らしい力を手に入れたからな!」
「あー、つまり取り込んじゃったんだ?」
「ああ、そうだ!」
「じゃあ、私の勝ちだね」
「はぁ?」
千尋さんの言っている意味が分からないとばかりに、聞き返す一馬。
当のボクらですら分かっていない。
「わざわざ私の血液を細胞に取り込んだんでしょ? で、力を得た、と。まあ、そこまではいいんだけど、副作用のこととか考えなかったの? だって、吸血鬼の血だよ? 何かあるのが普通でしょ?」
「脅しなら意味がないぞ。この距離からでもお前を吹き飛ばすことくらいできる」
「じゃあ、やってみて?」
明らかに煽りのような感じで話しかける千尋さんに対して、一馬は怒り心頭だ。
「舐めてんじゃね~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」
勢いよく振り出された右手は、風を切りながら、千尋さんの真正面から打ち込まれ—————なかった。
当たる寸前で、一馬の動きが固まった。
一馬の表情は先ほどの余裕からは考えられないほど、苦しんでいる。
口から、唾液がポタポタと流れ落ち、額からは汗が流れだしていた。
「あー、やっぱり副作用が起きちゃったかぁ……。私の血液は力を出せるようになっているんだけど、副作用として、私が一定距離に近づくと、血液が活性化して暴走しちゃうの。体の中で私の血液が暴走したらどうなると思う?」
千尋さんの問いかけに、一馬はすでに答える余裕すらない。
千尋さんはくるりと振り返り、麻友をじっと見据える。
無言で、麻友は頷き、顔をそむける。
それを了承と認識した千尋さんは、そっと一馬の拳に手を添えて、
「
そう言うと、一馬の大きな体が一つの光に凝縮される。
悲鳴すら上がることがない。
ただ、閃光とともに力によって封じ込まれたような感じだ。
光が収まると、そこには2匹の猫のようなものが手のひらに載っている。
まだ乳飲み子なのでは、とすら思ってしまいそうな可愛い子猫……のようなもの。
「麻友? 一馬はあんたにあげる~。ペットとして従順に育ててあげてね~」
「えー。今さら、兄を飼いたいとか思わないんだけれど……」
「大きくなって、敏感なところを舐めてもらえば? ザラッとした舌は、すごくいいらしいわよ……」
「あんた、どこでそんな知識、手に入れたのよ」
「どこだっていいじゃない。それとこれは—————」
ひとつが一馬、ということは、もう一体はマハラトということになる。
そして、そのお迎えのように二人の少女が部屋に入ってくる。
「その子は私たちが預かります!」
ラアムが千尋さんの方を見て言う。
もう、ボクらに対して敵意を出しているようには思えない。
「はい、そうですかって、渡すと思う?」
「まあ、確かに私たちが仕出かしたことから考えれば、そんな簡単に許されるわけではないけれど……」
「そうよねぇ~。だって、私の彼氏に手を出そうとしたんだもんね」
「あ、でも、あたしたちでは欲情はしても、最後までは無理だったの!」
「ほほう! 優くん凄いね! 誘惑を跳ね飛ばしたんだ! やるぅ~! じゃあ、マハラトは返してあげる……。でも、無理に解呪しようとしちゃダメだよ。きっと死んじゃうから。それにしても、どうやってあの誘惑を跳ね飛ばしたのかしら……」
「………あはは………」
決して言えない。千尋さんの怖い表情を思い出して、萎えたなんて……。
「ねえ、優くん? 何に怯えてるの?」
そう言って、彼女はボクの息子を左手でぎゅっと握ってくる。
「ひぃっ!?」
「お兄ちゃん! もしかして、千尋お姉さまが怒っている姿を想像して、耐えたとか!?」
「ちょ、ちょっと!? 美優!? 君は超能力者か何かなの!?」
刹那、ボクは気づいた。
冷たい空気、そして、冷たい波動が握られている息子を伝って、全身を震えさせていたのを。
「あ~んなに熱いエッチをしてくれるのに、そうじゃないときの私はそういう風に見えてるんだぁ……」
「ひっ!?」
「ちょっと、千尋! 許してあげて! 折角、誘惑の術に耐えたんだから、そのあと、激しかったんでしょ?」
「そうよ。五発も……って、何で知ってんのよ!」
「そりゃ、あんたを救出する過程で必要だったから、全部聞いちゃったのよ」
「な、なんだか、すっごく恥ずかしいんだけど……」
「でも、相思相愛だから、なせる業って感じよね」
「そうです! お兄ちゃんと千尋お姉さまは相思相愛です!」
そう言われて、なんとなく、彼女のぬくもりを感じたかった。
ボクは彼女をそっと抱きしめると、首元にチュッとキスをした。
「もう! どこにキスしてんのよ……。跡が残っちゃうでしょ?」
千尋さんは抗議の声を上げるが、その表情はボクには見せてくれなかった。
泣いているのか、笑っているのか分からないけれど、でも、感じ取れる体温は普段より高めに感じた。
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